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SHINKI/NEAR TO YOU Phase02-7 大会が終わり、アミューズメントフロアでは後片付けにスタッフ神姫たちが飛び交う。 ゲーム筐体には<メンテナンス中。ご迷惑おかけします>の表示。すでに夕方、会場を訪れていた観客たちも次々に帰っていく。 シュンは一足先に会場を去り、一階の喫茶店で休んでいた。 本当は優勝者としてインタビューなんかもあったのだが、面倒なのでそういうのは全部伊吹たちに任せてきた。 あのコンビはマスター・神姫揃ってノリがいいから別に問題ないだろう。今度配信される神姫センターの公式ウェブマガジン「武装神姫ジャーナルMAYANO」では、きっと悪ノリした二人がデカデカと載ることになるに違いない。 ウェイトレス神姫が運んできた紅茶を飲みながら、シュンは向かいの席に目を向ける。 そちらではワンピースの上に白衣をまとった妹の由宇が、机に広げたタブレット端末を熱心に操作している。端末の先にはクレイドルが繋がれ、そこに腰掛けているのは当然ゼリスだ。 由宇は嬉々として操作を終えると、ツインテールを揺らしながら顔を上げる。 「うん、ゼリスも武装もどっちも問題なし! お疲れ様♪」 ゼリスは「ユウ、感謝するのは私の方です」と頭を下げる。ゼリスの言うように、オーラシオン武装と由宇の調整がなかったら、優勝するのは難しかっただろう。その意味で彼女は今日の最大の功労者と言ってよかった。 「ありがとな、ユウ。優勝できたのはお前のお陰だよ。奢ってやるから好きなもん頼んでいいぞ?」 「ホント!? じゃあ、ムルメルティアの無限軌道ロールケーキセットね! やったー、これ前から一度食べてみたかったんだぁ♪」 ころころ笑みながら、由宇は早速近くのウェイトレス神姫を呼び止めている。……全く、こういうところは年相応に可愛らしいんだけどなあ。 「……ふふん、そういうことなら私も何か奢ってもらおうかしら?」 「わわっ、伊吹!? いつの間にいたんだ?」 「やっとインタビューが終わってね、ついさっきよ。もう~夏大会に向けての抱負とか、シュッちゃんとの関係とかいろいろ聞かれてねー。長くなりそうだから途中で抜け出してきちゃった。ワカナも疲れて眠っちゃったしね」 上着のポケットでスヤスヤ寝息を立てるワカナを、伊吹は愛おしそうに撫でている。いや、途中で抜け出したって……それって終わったって言わないだろう。 呆れるシュンに対し、伊吹は「まあ、人気者の特権みたいなもんよ」と気にせずケラケラと笑っている。 「でも、今日はシュッちゃんに奢ってもらわなくてもいいわよ」 えっ、とシュンが顔を上げる。そこでは伊吹と由宇、ふたりがやさしく微笑んでいた。 「簡単な話です。今日一番の功労者はシュン、あなただからですよ」 ゼリスまで当然といった顔でシュンを見上げる。 いや、でもどちらかと言うと僕は足を引っ張ってばかりだったはず。そもそも試合で一番活躍していたのは伊吹とワカナだった訳で…… 「な~に言ってるのよ。決勝戦を勝てたのは、シュっちゃんの作戦があったからでしょう?」 「……偶然だよ。たまたまうまくいっただけで、みんなのフォローがなかったら成功しなかったって」 伊吹にそう言われても、シュンとしては今回の大会は反省することばかりだったのだ。 作戦にしたってシュンはアルミフォイルを〝チャフ〟にするアイデアを思いついただけで、成功したのは伊吹とワカナによる陽動や、ゼリスの判断が的確だったからだ。シュン一人で成し遂げたものではない。 シュンがウジウジと悩んでいると、不意にゼリスが彼の頭に飛び乗る。かと思うと―― 「――っ!? いってー!」 額に強烈なデコピンが炸裂した。 「いつまで悩んでいるのですか? もっと堂々としていればいいのです」 痛みを堪えつつ目を開けると、エメラルドの瞳と目が合った。 「……何もかもひとりでやろうとする必要はないでしょう? 仲間同士で助け合い、長所を合わせ短所を補い合った方が効率的というものです」 ゼリスらしい単刀直入な理攻めだった。まあ、確かにその通り。 「それから――」とゼリスは続ける。 「それは神姫とマスターも同じです。足りない部分があったらお互いに補っていけばいいのですよ。少なくとも――」 ゼリスの小さなささやき――それが、突然の闖入者に遮られた。 「ちゃーっす。兄ちゃんたち、ここにおったんやな~!」 「姐御も一緒か。こりゃちょうどええな!」 「あなたたち、どーしたのよ?」 唐突に現れた金町兄弟は、口の端をニッとそっくり同じ角度で持ち上げる。 「帰る前にアイサツしとこう思うてたんや。……今日はありがとうな、負けたけど久しぶりに楽しい試合やったで」 晴れ晴れとした笑顔の兄、笑太。 「前の街は退屈やったけど、これからは姐御を目標に頑張ることにしたんや。よろしくな~」 同じく笑みを浮かべる弟、福太。ふたりとも負けた悔しさを感じさせない、さっぱりした態度だった。 そんな双子の屈託のない笑顔に、伊吹も自然と顔がほころぶ。 「ふふん、挑戦ならいつでも歓迎するわ。また楽しいバトルをしましょうね?」 もちろん、と双子は嬉しそうに返事をする。 「せやけど、お兄さんの作戦には負けたわ。あんな方法でオレらのコンビネーションを破られるとはなあ、仰天したで!」 「シュン兄ちゃんも、今度はシングルバトルで勝負しようや!」 ふたりのキラキラした眼差しに、なんだかシュンまで嬉しくなってきた。 「ああ! また一緒に試合しような」 シュンの返事に満足そうに頷くと「じゃあ、また会いまひょ~」と言いながら金町兄弟は帰って行った。 去り際に「次は負けへんからな」と啖呵をきるアテナとそれを抑えるリアナを見送りながら、ゼリスもどこか嬉しそうだ。 「さて……あたしたちもそろそろ帰りましょうか?」 「えぇ? このケーキ食べ終わるまで待ってよー」 見送りが終わって伊吹がそう切り出すと、一緒にニコニコしていた由宇がとたんに慌て出す。 「……ユウちゃん、半分手伝ってあげよっか?」とチェシャ猫のように笑う伊吹。 「だめー」と皿を持つユウの手を、いつの間にかテーブルに戻ったゼリスがつつく。「私が手伝ってもいいですよ?」 ギャーギャーと姦しく騒ぐ三人を眺めながら、シュンは思う。 さっきゼリスが呟いた言葉。シュンにはしっかりと届いていた。 (少なくとも――私はシュンのことを必要だと思っていますよ) なんのことはない。シュンの悩みなど、ゼリスはとっくに気づいていた訳だ。 その上でスタンドプレーにも走らずに、彼女はバトル中ずっとシュンの指示に従って動いていた。 ――シュンのことを信頼してくれていたから。必要だと思っていてくれるから。 ゼリスは、それをずっと行動で示していた。 ならばこれからは、シュンも行動で示していけばいい。 (自分に何ができるか――じゃない。ゼリスのためにできることをやるんだ!) ゼリスがシュンのことを必要だと思ってくれるなら、シュンはゼリスのために今の自分ができることを見つけていこう。 神姫がマスターを信じて戦い、マスターは神姫のために最大限のバックアップを行う。 もとより神姫バトルとは、そういうものなのだから――。 かくして少年と彼の神姫は、新たな一歩を踏み出し始める。 今は小さな波紋に過ぎないそれが、この摩耶野市に集う神姫とマスターを巻き込んで、より大きな波紋となって疾走してことになることを、彼らはまだ知らない。 ……To be continued Next Phase. ▲BACK///NEXT▼ 戻る
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「後始末」 ここから先はただの蛇足。 本当の意味で一ヶ月の間にあった話はもうおしまい。 何よりもう二学期は始まっていて、あの夏の一ヶ月は過ぎ去っている。 だからここから先は、本当にただの蛇足。 アタシはこの白いストラーフを親友である結城セツナに託そうと決めた。 誰よりも信頼していたし、海神を失った悲しみも焔と心を通わせた喜びも知っている彼女になら、この娘を幸せにしてくれるだろうと確信していたから。 それに、彼女の名前は刹奈を思い出させてくれる。 正直に言ってしまえば、未だ悲しみはアタシの中でしっかりと存在していて、時々その重さに潰れてしまいそうな時もあるけど、でもそれと共に思い出される楽しかった事が、アタシをまた奮い立たせもした。 あの町にいた時は、刹奈の名前からセツナを連想したものだったけど、今じゃその逆だなんて、少しだけ面白い。 「なんか踏み込めないって言うか。……壁を感じることがあるんだ。はぐらかすような、そんな感じにも見えたし。やっぱり年上って不利なのかなぁ……」 目の前でセツナはティーカップを弄びながら、気になっている年下の彼の事を話している。 まぁ、アタシが話を振ったんだけど。何事にも前振りって必要だしね。 ……確かその件の彼も、『せつな』って言ったっけ? 「具体的には、どんな?」 アタシはセツナの言葉を促すために言う。 丸々会うことの無かったこの夏の間、お互いに何があったのか話せる雰囲気が欲しかった。半ばそのために聞き始めたようなものだったんだけど。 でも「フラれた」なんて言われてしまえばそんな考えもどこかに飛んで行ってしまう。 「……なんて言うか、二人きりになることをまず避けようとする、かなぁ。友達か、神姫が必ず一緒にいる状況を作っているかな」 よっぽど思い悩んでいたのか、セツナは次々とその具体例を挙げていく。そして最後に、 「結構態度にも出していたし、遠まわしかもしれないけど口にも出して言ったんだけど。それとも男の人って、そこまで鈍感でいられるものなの?」 「うーん……そこまで行くと、どうなのかなぁ?」 少しだけ考えてみる。 少なくても、アタシならそこまで好意を寄せられたら少しくらいは「そうかも」とか考える。 夢絃みたいに、結局何も言わずに……逝ってしまっても、彼から受けた好意はしっかりと伝わっていた。 ただ、確信と自信が無かっただけで。 でも、それはあくまで女であるアタシの事であって、男である件の「せつな」君の事ではない。 思い出した心の痛みに耐えながら、アタシはセツナに言う。 「……実際の所、その彼がどう思ってるのか知らないけど、でもそれって、全部憶測なんでしょ?」 彼の行動からセツナが読み取った、彼の思惑というのは。 「まあ、ね。あくまでそういう風に感じた、ってだけ。それ以上は別に避けられているわけでもないし」 「狙ってやってるとしたら許せない所もあるけど、でもそれも思うところもあるのかもしれないし。どっちにしろ相手のこれからの出方次第だよねぇ」 あたしがそう言うと、セツナは頷く。 「ま、あんまり考えていても、なんともならないわね。この話はこれでおしまい」 確かにこれ以上考えても埒が明かないし、アタシの用件を切り出すのにもタイミングが良かった。 「で、今日は本当は何の用なの? まさかその話題だけで家まで訪ねて来たわけじゃないのでしょう?」 アタシが話を切り出す前に、セツナが話を促してくれる。 このあたりの察しの良さは、さすがと言うしかない。 「私も武装神姫やってみたいと思ってさ、ちょうど良いからってこれを注文したんだ。……だけど、これが届いた頃には、興味が無くなっちゃったんだよネ。まぁ、色々理由はあるんだけど、それは追求しない方向で」 別に隠すこと無いんだけど、この嘘で納得してくれるのであればそれに越した事はない。 そんなつもりでアタシは言った。 まぁ察しの良いセツナの事だから、嘘がすぐにばれてしまうかも、とは思っていたけれど。 そして案の定、すぐにばれたんだけど。 やっぱり嘘ついて引き取って貰うのは、フェアじゃない。 でもやっぱり、全部話す事は出来なかった。 「正直に秘密があるって言ってるんだもん。それをちゃんと言ってくれたんだから、それで十分」 そんな卑怯なアタシにセツナのかけてくれた言葉はとても優しかった。 そんなセツナが、「ねえ、朔良。この娘が起きるの、一緒に見届けない?」と言い出す。「なんとなくだけど、この娘が起きるときに朔良が居ないといけない気がするの」と。 なんだか本当に、セツナのこの察しの良さには救われると感じずに入られない。 アタシは少し緊張して、頷いた。 初めて見る神姫の初起動はなんか感動的で、その新たな意識の目覚めはアタシの心の傷に優しく触れてくる気がした。 不意に涙が零れる。 「……朔良、今ならまだ間に合うわよ?」 アタシの流した涙の事には触れず、それでもそっと確認をとる。 親友の、その思いを受け取りながらも、アタシは首を左右に振った。 この娘の為に、アタシの為に、アタシがオーナーじゃない方がいいという意見は、あの町で話したときと変わらずにアタシの中にある。 そのアタシに小さく頷いたセツナは、オーナー名の登録後、またアタシに視線を向ける。 その視線は「名付け親にもならなくてイイの?」と聞いてくる。 アタシはやっぱり首を振った。セツナに託したんだ。だから、全てがセツナによって行われなければならない。 アタシはそう考えていた。だから、アタシはこの娘の名前も付けられない。 この娘には、アタシの痛みを負わせたくないから。 そんなアタシを知ってか知らずか、セツナは悪戯めいた笑みを一瞬だけ浮かべる。 そして 「個体名、朔。 ……貴方の名前は朔。ここに居る朔良から一文字戴いたの。大切な名前よ」 さすがに驚いた。いくらなんでも、なんて皮肉な……。いや、違う。そのねじれたおかしな偶然こそ、きっと必然。 アタシ朔良が出会った神姫、刹奈。 親友セツナに託した神姫、朔。 そんな符号に、心のそこから嬉しくなる。 こんな気持ち久しぶりで。 だからちょっとだけいたずら仕返してやった。 あの夏の日は過ぎ去り、それはもう閉じられた扉の向こう側にある過去でしかないのだろうけれど。 アタシは忘れない。 あの人を忘れはしない。 あの出会いがあったから、アタシはここに居るのだから。 なつのとびら おわり / まえのはなし
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「…見たトコバッテリー切れだな。一応ちまちま充電した形跡はあるが、満充電まではしてないね。おおかた古い型式のクレイドル使ってたんだろうさ。」 ホビーショップ『165-DIVISION』。 中央線沿線でありながら、イマイチ開発が行き届いていない某駅の南口の古いビルの地下にその店を構える、武装神姫中心のダーク系ショップだ。 大して広くも無い店の中は壁から床から真っ黒に塗られ、時々返り血を模したものか真っ赤な塗料をブチ撒けてある。 商品にしても、これまた隅から隅まで店オリジナルと思しきオノだ鉈だチェーンソーだスパイク付き首輪だ(しかも全てご丁寧に返り血ペイント付き)と、アングラ系アクセサリーで満載。 それも全てが神姫向けだというのだから呆れるというか徹底しているというか。 ……まぁよく見れば正規部品も半々ぐらい置いてあるので、一般客も考慮はしてるんだろうが。 これで実は公式公認店舗なんだという。 入り口には蜘蛛の巣やらドクロやらのステッカーに混じって、公式小売店舗を示すラベルが燦然と浮いていた。 なんでも秋葉原の専門店や、その筋じゃ有名なコギトだかエルゴだかいうホビーショップに比べれば規模は小さいものの、そこそこのバトルスペースまで確保しているってんだから驚きだ。 …一体どこにそんな金があったのやら… そして目の前では、カウンター越しにオーナー兼店主である高校時代の友人がこっちをジト目で睨んでいた。 片目に刀傷みたいな珍妙なメイク。服のあらゆる所にチェーンだのリベットだのじゃらじゃらつけたその姿は一種異様で、当時の真面目そうな雰囲気はカケラも残っちゃいなかったが。 「…で、慎。十年ぶりの再会だっつのに、挨拶もそこそこに「神姫直せ」てのはいくらなんでも酷くない?しかも営業時間外だぜ?」 「……あぁ。悪かった。スマンな縁遠。」 俺のあんまりといえばあんまりな返しに、友人…縁遠は溜息をついて苦笑した。 「まぁキミらしいっちゃらしいけどさ。とりあえずあの子だったら大丈夫だよ。中途半端な充電繰り返したせいで電池ヘタってただけだと思うから。」 当時から変わらずこっち方面の腕は確かなようだ。見た目はどうあれ、専門ショップを開いているのは伊達じゃないらしい。 「あとは…ホコリとかで結構汚れていたからクリーニングしてあげて、新しい電池に換えてきちんと充電してあげれば問題はないよ。…それで、こっから本題なんだけどさ。」 来た。握った手に嫌な汗を感じる。 「あの子はキミの神姫じゃないな?どこで拾った?」 縁遠はまっすぐにこっちを見た。 そこだけは昔と変わらない、澄んだ目をしていた。 「…実はな」 ここで俺は、サムライに逢ってからの事を包み隠さず話した。 そして、一つの頼み事も。 「……そりゃ本気で言ってんの?」 「冗談で言えるかこんなこと。実際、お前くらいしか頼れないんだよ。」 しばし睨み合い。 最初に目線を外したのは縁遠だった。 「わぁかったよ頑固モノ。できる範囲でやってやるさ。」 「……済まない。」 「でも、僕ができる事は調べるだけだ。そっから先は関与しない。いいね?」 「ああ。」 …と、一息ついたら腹が鳴った。 そういや晩飯食ってなかったなぁ… 「飯も食わずに来たのか。」 「うっせーよ笑うな。」 「まぁちょっと待ってな…ドリュー、ステーシー、お茶ー」 縁遠が呼ぶと、カウンターの奥の方からかたかたと…紅茶とスコーンを持った神姫が二体出てきた。 片っぽは浩子サンのモモコと同じゾンビ型。 もう片っぽは、ゾンビ型と同時に発売されたという処刑人型だ。 ゾンビ型同様ビジュアル面での問題があり、全くと言っていいほど出回らなかったという。 …こうもちょくちょく見かけるんじゃ、レアリティもクソもないんだがな。 店の雰囲気にやたらマッチした二体は、ゾンビ型の『ステーシー』は縁遠へ。処刑人型の『ドリュー』は俺の方へと背中につけた大きな腕で、器用にお茶の準備をした。 店の雰囲気にまるで合わない、上品なティーカップの中身を一口すする。美味い。 一応礼を言うとドリューは照れたのか、頭につけたホッケーマスクを目深に被って、ギギギだかゲゲゲだか金属を擦り合わせたみたいな音を立てた。 ……やっぱり笑ってんだろうかコレは。 「どうだ、可愛いだろ?」 カカカカカと笑うステーシーを前に、心底得意げに言う縁遠。 …すまん。やっぱ俺にはよく解らん。 その後、サムライの処置が一通り終わる頃には終電も過ぎ。 おまけに「遅ればせながら開店祝いだー!」とか喚く縁遠にしょっ引かれて、朝まで飲むハメになる。 まぁ久々に会ったことには違いないので、なんだかんだで日が昇るまで飲んで語り明かした。 翌朝。調べがついたら連絡するというので、俺はサムライと充電用クレイドルを持ち家へ帰った。 …ちなみに言うまでも無く、補修代及びクレイドル代はしっかり取られたが。商売人め。 --- 「……ん?」 「お、起きたか。どっか痛いとことか動ないとこむぐゃ」 問答無用で蹴られた。 「いきなり何しやが…!」 「なんで助けた。」 硬い口調だった。……まぁ当然か。 「今までだってアタシ一人でやってきたんだ。いつでも野たれ死ぬ覚悟くらいはあった!手前ぇなんぞにお情けもらう謂れは…!」 「だったら俺の前で倒れんじゃねぇよ。」 今度はサムライが黙った。 「…俺はな。お前さんがどこの誰かは知らんし、どこで野たれ死のうが知ったこっちゃねぇさ。」 「………」 「でもな。助けられんのが嫌なら俺の見てる前で倒れんな。目の前で死なれたりしちゃ寝覚めが悪ぃっつーか、飯がマズくなるんだよ。」 「………」 お互い黙り込む。沈黙が痛い。 「……ンだよ。なんか言えよ。」 「偽善者。」 「否定はしねぇ。」 「何様だってんだ。」 「俺様だ。文句あるか。」 「馬鹿だろ手前ぇ。」 「男は大体、馬鹿なモンだ。」 「青瓢箪。」 「職業病だ。」 「唐変木。」 「それがどうした。」 「甲斐性なし。」 「…関係ねぇだろ。」 「種無しカボチャ。」 「ぶっ壊すぞガラクタ!」 また沈黙。 そして、サムライは堪え切れずに吹き出しやがった。 「………くっせぇ台詞。」 「…………うっせ。笑うな。」 何故か笑うサムライに、耳まで真っ赤になった俺がいた。 ……多分これが一生の不覚ってやつなんだろうか。 エピローグへ
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神姫ちゃんは何歳ですか?第二十九話 奇跡、偶然、それとも…? 書いた人 優柔不断な人(仮) 『新年、明けましておめでとう御座います』 といった挨拶も終わり、特にする事も無く家でゴロゴロしている俺達 去年の正月はユキと二人だけだったのだが、今は観奈ちゃん、皐月、水那岐、ミチル、ムツキちゃん、花乃ちゃんにひじりん、そしてティールにファロンとかなりの大所帯となっていた 親父が遺してくれたこのやたら大きい家に感謝しないとな 台所で片づけ物をしているユキと水那岐とティール リビングでお笑いの特番を見て笑ってる皐月とムツキちゃんとファロン ノーパソを広げ、なにやら難しい顔をしながら打ち込んでいる観奈ちゃんとミチル 「お、観奈ちゃん。宿題?」 訪ねてみる俺 「ケンシロウ、宿題なぞとっくに終わってるぞ」 「あれー?んじゃ?なにやってるの?」 そんな観奈ちゃんの返事をわきで聞いていた皐月が振り返って訪ねてきた。どうやら番組の方はあまり好きじゃない芸人になったようだ 「次の大会の日程がズレるかもしれないとの事なのじゃ…」 街場の小さな大会なら日程が変更になってしまう事も少なからずある が、観奈ちゃんが出るような規模の大会で変更になるなんて事は滅多に無い 「あー!この前あった事故のせいじゃない?」 「あの事故か…」 「年末の大会のフィールド陥没事故の影響じゃな。検査を行って安全性が確認されるまで設営工事が中断されるとの事じゃ」 リアルフィールドで行われるリアル戦でのフィールド崩壊事故は、実は結構発生している 勿論、ビル破壊程度の損壊程度ならば想定内のことだが、床(ここでいう床とは、フィールド基部の事)が抜けたり、防護スクリーンが割れたりといった本来壊れないように作ってある物の事である 「あの事故って、手抜き工事が原因だったってニュースで言ってたわよね。しかも隅っこの方がちょっと沈下しただけだったのに…」 「仕方無い事じゃ。万一その手抜きでもっと大きな被害が出たら大変じゃからな」 「被害って…あっ!ごめん…」 観奈に謝る皐月 実は観奈はその手抜きが原因でフィールドそのものが崩壊し、ミチルが中破・対戦相手は再起不能になるという事故に巻き込まれた事があった 「皐月殿が謝る事では無い。それより、これで延期してしまうと、わらわのような学生オーナーはともかく、社会人オーナーで参加出来なくなる者が続出してしまうのが…」 と話してると、ファロンが割り込んできた 「え?ミチルかーちゃんって、バトルするん?」 「そうなのだ。こう見えても日本でもトップクラスなのだ!」 えっへんと胸を張るミチル 「すげー!見てみてぇ!」 「私も見てみたいです」 ふと気づけば片づけ物が終わったのか、ティールも戻ってきていた 「ふむ、それならこの間の大会のが、コレに入ってるぞよ」 ついっとノーパソを指す観奈ちゃん 「あ、それならテレビに繋いで見ません?」 「いいのか?この後『果糖機関』が出てくるぞ?」 「う…いいんですっ!可愛い娘の為です!…あとでルンルン動画で見ます…」 グっと拳を握り、涙しながら言い切る皐月 「…アップされるといいな」 「ありがとう、皐月ママ」 「さっすがかーちゃんだぜ!」 という訳で、俺達はこの前の大会でのミチルの闘いを鑑賞する事になった 「すげーミチルかーちゃんすげー!」 「ママ…すごい…」 相手の神姫は、自分が何型かわからなくなる程の重武装を施し、的確な弾幕を張って主導権を握るタイプだったようだ さすがのミチルもこの防御を突破するのは困難を極めたようだが、リロードの為にわずかに弾幕が薄くなった瞬間を狙って急接近し、空牙を叩き込み勝利した 「あたいもバトルしてみたいなぁ…」 「私も…」 やはり武装神姫の本能なのか、二人共バトルに興味があるようだ まぁユキやムツキちゃんみたいにバトルに興味無い方が珍しいのだが 「んじゃ、明日『エルゴ』に行ってみるか。二人を日暮さんにも会わせたいしな」 「「わーい」」 「…そう…ですね…二人を…見れば…日暮さんも…きっと…喜んで…くれます…」 という訳で、俺達は明日、エルゴへと向かう事にした 一方、皐月は 「…一体、相手神姫は何型だったのかしら?」 と首を傾げていた 「いらっしゃーい…あ、香田瀬さん。あけましておめでとうございます」 エルゴに来た俺達を出迎えてくれたのは、うさ大明神様ではなく、秋月兎羽子さんであった …まぁ同一人物なのは知ってるけど、皐月達には内緒だ 「あ、兎羽子さん、明けましておめでとうございます」 「やぁ香田瀬さん、今年も宜しくお願いします」 「こちらこそ、宜しくお願いします」 奥から出てきた日暮さんにも新年の挨拶をする 一通り挨拶が終わった所で 「この子達があの二人か。えーと、ティールちゃんとファロンちゃんだっけ?」 「ああ、そうだぜオッサン」 「あの…何で私達の名前を知ってるのですかおじさん?」 グサグサっと、何かが刺さったような音がした気がした 「香田瀬さんから、二人が無事に起動したってメールを貰ったのですよ。その時に名前も教えて貰ったんです」 なにやらヨロめいている日暮さんに代わって兎羽子さんが答えてくれた 「…しかし、二人とも無事起動してなによりだ…」 どうにか立ち直り、二人をマジマジを見つめる日暮さんは 「あの…恥ずかしいですからそんなに…」 「ん?なんだ?あたいのないすばでぃにメロメロなのか?」 恥ずかしがるティールと、大きなの胸を揺らすファロン 「あ、ゴメン」 と顔を赤くしながら目線を逸らす日暮さん 「ダメですよ。女の子をそんなにジロジロ見ちゃ」 「なんか兎羽子さん、怒ってません?」 「いや…二人の素体が、通常のとも白雪系とも違うみたいだったからつい…」 さすが日暮さん。一発で見抜いたようだ 「残念ながら、素体の方は殆どダメだったから、タブリスに換装したんですよ。本当は出来るだけ残しておきたかったのですが…」 「タブリス!これが!新型の!」 タブリスと聞いた瞬間、日暮さんは再び二人を凝視した 「あの…恥ずかしい…」 とモジモジするティール 「やっぱアタシに興味があるのかオッサン」 と色々ポーズを取り始めるファロン 「すげぇ!こんな滑らかに!可動範囲もこんなに!」 うーむ、色んなポーズを取る丑型神姫とそれを見て興奮する男 分かっていてもちょっとアレな光景だ 「ほーら、こんな…あ」 ぽろっ さすがに無茶なポーズを取りすぎたせいか、インナースーツから胸がこぼれてしまった 「おおっ!」ぶはっ! 今まで『タブリスという製品』としてファロンを見ていたがのに急に『女の子』としての面を見せられた日暮さんは、鼻血を吹いてひっくり返ってしまった 「なんだオッサン、純情だなぁ」 腰に手を当て、カラカラと笑うファロン 「だ、ダメだよファロンちゃん。女の子なんだからもっと慎みを持たないと」 慌ててユキが窘めるも 「いーじゃん、減るモンじゃないし」 とまるで効果無し ユキがスーツ上げて胸を納めるも、ファロンが胸を張ってる為、再び露わになる 「…こりゃインナー買い換えないとな。兎羽子さん、もう少し大きなスーツあるかな…?」 「え…あ、はい」 なんか兎羽子さんが羨ましそうな顔をしてたのは気のせいだろう …たぶん 「んじゃユキ達はティールとファロンの服を見てやってくれ」 「え?私も?ファロンのだけで良いのでは?」 「ティールだってユキ達のお下がりだけじゃなくて、自分の服が欲しいだろ。行って来い」 「は、はい!」 嬉しそうに返事をするティール ユキ達がティールとファロンの服を選んでる間に俺は日暮さんと話をする事にした 「…それじゃあやっぱり、素体はほぼ全損だったのか」 「ええ。素体中枢も26・37チップが逝ってましたので交換を。あと8・16回路に損傷があったので修理を」 「よくまぁそんな所を直せるもんだ」 「…それと、奇妙な事があったんです」 「奇妙な事?」 「あの子達、覚えてるんですよ、あの事を」 「あの事って…まさか!」 「視覚回路は繋がってませんでしたからおぼろげではありますが、事故の事を知ってます」 「そんなバカな!CSCも入ってない、電源さえも入ってない状態でか?」 「…電源はありました。あの子達をボロボロにした家庭用電気が。それで一時的に仮起動したのだと思います。その時に『本能的』に致命的なダメージを受けないように自ら回路を切断し、重要チップを保護したと考えられます」 「…信じられん…」 「壊れた回路の先にはCSCシステムがあります。もしそこに、回線内から高電圧を受けてたら…」 「完全に、終わりか」 「…今回の事は、EDENも興味を持っています。単なる偶然とかで片づけるには納得出来ない点が多すぎます」 「だろうな」 「ですので、この事は内密にお願いします」 「だったらなんで俺に話したんだ?」 「…日暮さんも知りたいでしょうから。何故彼女達が助かったのか。それに貴方も当事者です。聞く権利はあります」 「そっか、ありがとな。聞かれなきゃ言う必要も無いだろうに」 キャッキャと店内を物色している彼女達を見ながら、俺達は暫く話を続けた 服を選んでいたはずだったが、いつの間にか武装コーナへと来ていた 「うへーっ、イッパイあるなぁ」 感嘆の声を上げるファロン 「パパの部屋よりもたくさんの武器があるんですね」 とティール 「そりゃ、お兄ちゃんの持ってるのは研究用のだけだから、お店とは比べられないよ」 「あっちに試用コーナーがありますね」 とムツキちゃん 「二人とも、試してみるのだ」 何時見繕ったのか、いくつかの銃や剣の試用品をカゴに入れたミチルが言った 「「はーい」」 試用コーナーでミチルから剣を渡され試し振りをするティール 「とりゃぁ~」 可愛らしい声とは異なり、なかなか鋭い剣さばきを見せるティール 「うわ~っ、ティールちゃんすごい~」 と喜ぶムツキとは異なり、難しい顔をしているミチルとユキ 「よっしゃ。次はあたいだな。せいっ!はっ!」 渡された短銃をビシッと構えるファロン 「きゃ~!ファロンちゃん凛々しい~!」 とまたしても喜ぶムツキと、またしても難しい顔をしているミチルとユキ 「…どうしたんですか、二人とも?」 ムツキは怪訝そうな顔をしているミチルとユキに訪ねる 「うん…悪くは無いんだけど…なんか、ね」 「まだ基本プログラムだから…だけじゃない?…なんか違和感があるのだ」 ユキとミチルだけでなく 「ですわね。基本プログラムは直ってるはずなのですが…」 「なーんか、ピっと来ないんだよねー」 花乃と火蒔里までもが首を傾げてる 「もしかしたら…」 とミチルが言いかけたその時 「お前達、何をしている?」 と声をかけられた 声のする方を向くと、そこにはセイレーン型神姫がいた 「何って…服を選んでるついでに武器を見に…」 「キャッキャウフフ仕様の連中が、武器を見てどうしようって言うのだ?なんだそのヘッピリ腰は?」 「ふ~ん。あたしを見てキャッキャウフフ仕様とは」 「お前なんか知らん。ここでは見かけない顔だな。悪魔型は口が悪いというのは本当のようだな…なんだその笑いは」 少なくともファーストクラスでは見かけない彼女。それなのにミチルを知らないという理由は 裏バトルで馴らしている為に、表での高LVランカーのミチルを倒して名を上げようとして知らないと挑発している まだ始めたばかりでランキングまで知らない のどちらかである ミチル程になれば、見れば相手がどの程度の実力があるかは大体分かる。彼女は後者だ セイレーン型の口調に失笑するミチルに、当のセイレーン型ご立腹のようだ 「き…き…貴様ぁっ!」 今にもミチルに殴りかかりそうなセイレーン型。すると 「エル、何を騒いでいるの?」 とまた別の声がした 「あっ、リーゼ…」 セイレーン型-どうやエルと言うらしい-が声のする方へと振り返る そこには人魚型神姫が居た 「いやコイツラが試用コーナーを占拠してたから…」 そう言われ辺りを見渡す人魚型-リーゼ- 可愛い服を着た天使型と猫型。微妙に武器を持つ手が様になってない丑寅。そしてあきれ顔をしている悪魔型 「…全く、愛玩用にコーナーを占拠されたぐらいで騒がないの」 「む、むう…その通りだ。すまん、リーゼ」 「判ればよろしい」 リーゼに頭を下げるエル 「ってちょっとまて!」 そんな二人を怒鳴りつけるファロン 「あら貴方達、まだ居たの?」 「謝るんあら、あたい達にじゃ無いのかよ!」 「エルは『愛玩用に場所を占拠された程度で騒いで私に不愉快な思いをさせた事』を謝ったのよ。貴方達愛玩用に謝る事なんて、何もないでしょう?」 「ムッカー!なんだコイツ等!大体アタシ達は愛玩用じゃねぇ!」 「あらあら、とてもそうには見えませんけど?特に貴方の銃裁き、まるでなってません事よ?」 「そんな事言っても、私達まだ起動したばかりで、初めて武器を持ったのですから…」 ティールもおどおどしながらも抗議の声を上げる 「基本プログラムだけでももうちょっとマシな動きをするだろう。お前達どっかおかしいんじゃないか?」 エルのこの言葉が、二人を完全に怒らせた 「な、な、てめーら!あたい達だけじゃなく、親父とかーちゃん達までバカにしたな!ぜってーゆるさねぇ!」 「そうです!パパとママの悪口なんて、私、許せません!」 「な、なんですか貴方達は…で、許さなかったらどうするつもりなのです?」 二人の気合いにちょっと驚きながらも平静さを装いつつ訪ねるリーゼ 「てめーらに、決闘を申し込む!」 続く…
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第2部 「ミッドナイトブルー」 第11話 「night-11」 2ヵ月後 西暦2041年 7月21日 15:00 『大阪府 大阪市 鶴見緑地センター店』 お昼の3時のチャイムが公園内に響く。 園内の噴水広場の軽食コーナー、そこでは多種多様な神姫とオーナーたちがお菓子を食べて雑談をしていた。 オーナー1「おい、知ってるか?昨日の夕方、出たらしいぜ」 オーナー2「出たって何が?」 天使型「例の都市伝説ですね」 剣士型「超音速の死神か・・・」 悪魔型「ええーーーほ、本当?」 オーナー3「ついにこの神姫センターにも、来たか」 種型「なんでも物凄い数の神姫が撃破されたらしい」 花型「ひゃーーー恐ろしい恐ろしい」 オーナー5「超音速の死神、あれって実在するのか?よくあるゴーストファイターだろ?」 雑談に花を咲かせるオーナーたち。 軽食コーナーの端でパラソルの下で老人と将棋を打っている黒い軍服を着た将校型神姫がぼつりとつぶやく。 ナターリャ「やれやれ、またなんとかの死神か」 アオイ「死神といえば、あいつを思い出しますねーナターリャ将軍」 ナターリャの将棋を観戦するアオイとツクヨミ。 ナターリャ「そいつの話はするな」 ツクヨミ「ちょっとトラウマって奴ですか?」 茶化すツクヨミ。 軽食コーナーの横の桟橋では航空母艦型のツラギが停泊し甲板を開放し中央では武装をはずして水着姿になった神姫たちがホースを掴んでキャッキャと水浴びして遊んでいる。 ツラギ「あーーあーー、最近なんか張り合いのある奴がいなくてつまんないですねーマスター」 でっぷりと太った金川がカメラを片手に水着姿の神姫を写真に収めて満足している。 金川「いやいやーこういう可愛い神姫たちのキャッキャウフフを愛でるのもいいもんだよ」 ツラギ「なにも私の甲板の上でやらなくても・・・」 金川「オマエの上だったらいろいろと遊び道具とかあるし、便利だろ!艦内にはシャワーもあるし!!」 ツラギ「そういうのに、空母型使わないでくださいよー」 パチン ナターリャ「チェックメイト・・・じゃなかった王手!」 ナターリャが将棋を心地よく打つ。 ナターリャ「うむ!将棋も悪くないな!!面白い!」 ナターリャの対戦相手でありオーナーである伊藤は満足そうなナターリャを見て微笑む。 伊藤「それはよかったですね。ナターリャー」 湖に灰色の数十隻の戦艦型神姫が着水する。 野木「やあ、みんなお久しぶり」 ラフな半そでのTシャツを着た野木が軽食コーナーに顔を出す。 金川「おおー野木ちゃんお久しぶりー」 立花「ノギッチ!キター」 衛山「おひさ」 野木「ナターリャ将軍、おひさ」 ナターリャ「うむ」 ナターリャは手をひらひらと振る。 野木「調子はどうだい?」 ナターリャ「まあまあ、かな?最近はとんと暇している」 アオイ「張り合いのある神姫がいないんだとよ」 野木「まあ、SSS級の将軍に合うようないい娘はなかなかそういないからね」 湖に着水した数十体の戦艦型神姫の灰色の巨体がまぶしく光る。 ナターリャ「灰色艦隊は、すべて復活したようだな」 野木「まあな、マキシマがバラバラになっていて完全に治すのに1ヶ月以上かかった」 マキシマがやれやれと肩をすくめる。 マキシマ「今度、やるときは指揮系統をしっかりとしてくれよ」 ナターリャ「今度か・・・」 ナターリャは遠い目をして湖を見る。 ナターリャ「そういえば、夜帝はどうしている?」 野木「夜帝か、あいつは心斎橋の神姫センターでちょくちょく見かけているって話だ」 2ヶ月前に行われた夜帝との激戦はネットにも動画が公開され、多くの話題を呼んだ。 今まで夜帝の存在はあまり公には知られておらず、都市伝説化していたが二日間にわたる連戦で、夜帝がたった1機で戦艦型神姫を9隻、航空母艦型1隻、艦載機10数機という完全武装の2個艦隊を撃滅したことは多くの神姫たちを震撼させた。 夜帝はナターリャの手によって敗れたが、帰ってその名声を轟かせたことになる。 ナターリャ「そうか・・・またあいつとチェスを、いや・・・神姫バトルをやってみたいな」 ナターリャは感慨深くそういうとパチンと将棋を打つ。 アオイ「神姫バトルって将軍は、基本他人のふんどしで戦うだけでしょwwww」 ナターリャ「・・・」 青筋を立ててナターリャはパチンと指を鳴らす。 アオイ「ちょ」 湖に停泊中の灰色艦隊がアオイに向かって砲塔を向ける。 マキシマ「艦砲射撃ッ!!撃ち方ァーー用意!!」 ヴィクトリア「アオイさんはいつも一言余計なんですよ・・・・」 ナターリャ「これが私のバトルスタイルだ。文句があるならいつもで受け付けるが?」 野木「将軍には誰も勝てないな」 ナターリャ「SSS級でも用意したまえ」 サソリ型「あのお・・・・」 おずおずと一体のサソリ型神姫がナターリャに声をかける。 サソリ型「この間から夕方の5時に超音速の死神って二つ名のSSS級ランカー神姫がこの神姫センターに現れて暴れまくっているのです・・・た、助けてください!ナターリャ将軍!」 野木「はあ?超音速の死神ってあの超音速ステルス戦闘機型MMS「クリスティ」のことかい!?」 野木は目を丸くしてサソリ型の声に耳を傾ける。 サソリ型「はあ、なんでも心斎橋の神姫センターにいたらしんですが、夜帝とテリトリーがかぶるからってこっちに流れてきて・・・ううう・・・もうすでに300機くらいの神姫が、仲間がやられているんですよ・・・」 野木はナターリャに声をかける。 野木「将軍!出番だぜ」 アオイ「おいおい、超音速の死神って・・・確か音速を超える超高速戦闘型の化け物じゃねえか!!」 ツクヨミ「うは、また化け物神姫かよ」 ツクヨミとアオイが唸る。 ナターリャ「ほほう、化け物退治というわけか」 ナターリャはすっと立ち上がり桟橋に停泊している航空母艦型MMSのツラギに声をかける。 ナターリャ「ツラギ!張り合いのある奴が出たぞ!仕留めに行くぞ!!今度は超音速の死神だ!!」 ツラギがきょとんとした顔でナターリャの顔を見る。 ツラギ「ちょ、超音速の死神!!?クリスティじゃないですか!!SSS級の化け物ォ!!」 桟橋にいた灰色艦隊の戦艦型神姫もざわめき出す。 ノザッパ「ひえええええええ!!音よりも速いあのスピード狂ですか!?」 マキシマ「へへっへ、上等じゃねえか」 ヴィクトリア「化け物神姫ですね」 そのとき、神姫センターの上空を真っ黒な槍のようなスマートなフォルムの航空神姫が空を切り裂くように飛び去った。 □超音速ステルス戦闘機型MMS 「クリスティ」 SSSクラス 二つ名「超音速の死神」 姿が見えて、数秒後にショックウェーブが軽食コーナーに巻き起こり、日傘のパラソルが衝撃波で吹き飛び、音が後から付いてくる。 ドゴゴオオオーーーン!!! ナターリャはにやりと笑う。となりにいたサソリ型が悲鳴を上げる。 サソリ型「で、出たァ!!!」 ナターリャ「ふん、あれが超音速の死神か、なるほど化け物神姫め」 アオイ「ひええええ!!お、音が後から来たぞ!」 ツラギ「レーダーに反応無し!!ステルス機だ!!」 ノザッパ「は、速い!!」 ナターリャ「ふはっはっはは!!この間のバトルはまだ続いているぞ!!あのランカー神姫は夜帝のシュヴァルに心斎橋神姫センターを追い出されてここに流れ着いたランカーだ!!俺たちが招いた因果だッ!!!!!!盛大に歓迎してやろうではないか!」 ナターリャは右手を超音速の死神に向ける。 ナターリャ「バトルロンドは戦いの旋律 終わらない戦いの旋律 さあ、私たちも旋律を奏でようではないか・・・」 西暦2041年 その世界ではロボットが日常的に存在し、さまざまな場面で活躍していた。 神姫、それは全高15センチほどのフィギュアロボットである。 :心と感情:を持ち、最も人々の近くにいる存在。 その神姫に人々は、思い思いの武器、装甲を装備させて、戦わせた。 名誉のために強さの証明のために・・・・・・・・・ 名も無き数多くの武装神姫たちの戦い 戦って戦い尽くした先には何があるのか バトルロンドは戦いの旋律 終わらない戦いの旋律 戦いの歴史は繰り返す いにしえの戦士のように 鉄と硝煙にまみれた戦場で 伊達衣装に身を包んだ神の姫たちの戦いが始まる。 第2部 「ミッドナイトブルー」 終わり
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雨が降り注ぐ近代都市を、重武装の神姫が滑るように移動していた。 その神姫は背中のブースターを全開にし、その巨躯からは想像もつかないほどの速度でビルの谷間を翔ける。 その姿は・・・神姫と言うよりは・・・・一体の機動兵器の様だった。 「・・・・・・・・目標確認、破壊、する」 機動兵器の彼女は小声でそう呟く。元々声の大きい方ではないからだ。 『うん。なかなか調子がいいじゃないか。ブレードよりもこう言う兵器系に向いてしまったのはなんとも皮肉なもんだが・・・・まぁいいか。それよりもノワール』 「なに」 『今日一日の感想はどうだい?』 「・・・・・それを・・・どうして・・・・聞くの?」 ノワールはそういいながらビルの陰から現れたターゲットを破壊する。 右手のライフルの残弾は・・・・残り僅か。 『どうしても何も、ハウはもう寝てるしサラに聞くわけにもいくまい。私達が見たのは暗闇で何か話していた二人だけだ』 「・・・・・・・・・・・」 彼女の主の言葉を無視しマグチェンジ。 その間も左手に装備したライフルは火を吹き続けている。 『おぉっと。わからないという返答はなしだよ? 具体的な意見を聞くまでは、このトライアルは終わらないし終わってもその武装は使わせてあげませんからね?』 多分、クレイドルで寝ている自分の傍にはニヤニヤ笑った主がいるのだろう。ノワールはそう思った。 意地が悪い。 「・・・・多分・・・二人・・・好き合った・・・・でも・・・・」 ・・・・でも、なんだろう? 何か違うような、そうでないような。そんな感じがする。 『・・・・ふむ。つまり微妙な状態なわけだな』 とうとう右手のライフルの残弾がなくなった。 ノワールはライフルを捨てると、左手のライフルを右手に持ち返る。 そのまま空いた左腕で、近くまで来ていたターゲットを殴った。ターゲットはよろめき、その隙にライフルで止めを刺す。 それと同時にアラームが鳴り響き、ノルマをクリアした事を知らせた。 『ん? 随分と早いな。もう二百体倒したのか。・・・・・AC武装は物凄い相性がいいな。メインこれで行こうか』 「ヤー、マイスター」 * クラブハンド・フォートブラッグ * 第十九話 『出現、白衣のお姉さま』 「ちょっと! 何で起こしてくれなかったのよ!! 遅刻確定じゃない!!」 「そうは言われましても。何度も起こしたのですが・・・・まさかハバネロが効かないくらいに眠りが深いとは」 「どおりで口の中がひりひりするわけね! 毎度の事ながらあんたには手加減って言葉が無いの!?」 「――――――わたしは相手に対し手加減はしない。それが相手に対する礼儀と言うものなのです」 「無駄に格好いい!? あんたいつからそんなハードボイルドになったの!?」 「時の流れは速い・・・というわけでハルナ。わたしと話すより急いだ方がいいのでは?」 「あんたに正論言われるとムカつくのはなぜかしらね・・・・?」 朝、目が覚めたときにはもう八時を過ぎていた。 普段私を起こすのはサラの役目だけどさ。流石にこういうときは起こしに来てよお母さん・・・・・・。 大急ぎで制服に袖を通し、スカートのファスナーを上げる。 筆箱は・・・あぁもう!! 「何か学校行くのがだるくなってきた・・・・休もうかしら」 私がそういうと、サラが驚いた顔で見つめてきた。 え、なに? 「・・・・珍しいですね。普段なら遅刻してでも行ってたのに。と言うか無遅刻無欠席じゃないですか。行ったほうがいいのでは?」 「ん・・・でも何か面倒になっちゃってね。・・・別にいいじゃない。たまには無断欠席も。それに・・・・・」 学校には、八谷がいる。 昨日の今日でどんな顔をしたらいいのか判らない。 お互いにはっきり言葉にしなかったとはいえ・・・・OKしちゃったわけだし。 「うん、決めた。今日はサボる。サボって神姫センター行って遊びましょう!」 「・・・・・まぁ、別にいいですけれども」 そうして辿り着いた神姫センターには、当たり前と言うかなんと言うかあんまり人がいなかった。 まぁ月曜日だし午前中だし。来ているのは自営業さんか私みたいなサボり位だろうけど。 それでも高校生と思しき集団がバトルしてたのは驚いた。まぁ多分同類だと思うけど。 ・・・・でも強いな。あのアイゼンとか言うストラーフ。 砂漠なら・・・勝てる、かも? 「それにしてもなんだか新鮮ですね。人が少ない神姫センターというのも」 「平日はこんなものじゃない? 仕事や学校あるし。・・・・あぁでも最近は神姫預かる仕事も出来たんだっけ」 「そんな職業があるのですか。なんと言うか、実にスキマ産業的な・・・・所でハルナ、わたしは武装コーナーを見たいです」 私はサラの言葉に苦笑しながらも、センターに設けられた一角に向かって歩き出す。 このセンターは武装やら神姫本体やら色々揃ってたりするので結構お気に入りだ。筐体もリアルバトル用とVRバトル用の二種類を完備してるし。 とりあえず売り場についた私はサラを机に乗せ、商品を自由に見せて回る。・・・・買うつもりは無いのよ。 そうこうしているとサラが一挺の拳銃のカタログを持ってきた。 「ハルナ、このハンドガンなんてどうでしょうか」 「・・・いや、そういうの良く判らないんだけど」 「なんと!! ハルナはこの芸術品を知らないと!? このマウザーは世界初にして世界最古のオートマティックハンドガンなのです。マガジンをグリップ内部ではなく機関部の前方に配置しているのが特徴でグリップはその特徴的な形から『箒の柄』の異名で呼ばれています。かつては禿鷹と呼ばれた賞金稼ぎ、リリィ・サルバターナや白い天使と呼ばれたアンリが使用した銃として有名ですね。さらにこの銃、グリップパネル以外にネジを一本も使用しないというパズルのような計算しつくされた構造を持っておりこの無骨な中に存在するたおやかな美しさが今もマニアの心を魅了し続けて ―――――――――――」 「あ、この服可愛いー。でもレディアントはサラに合わないかな」 「ひ、人の話を聞いていないッ!? そして何故ハルナではなくこのわたしがこんなに悔しいのですかっ!?」 ふふん。ささやかな復讐なのよ。 「でもさ、だったらそんなへんてこな銃じゃなくてこっちの馬鹿でかい方が強いんじゃないの?」 「ぬ・・・わたしのツッコミを無視して話の流を戻すとは。いつの間にそんな高等技術を・・・・それはともかく、確かに威力が多きければ強いと言えなくもないですね。でもそのM500は対人・対神姫用としては明らかにオーバーパワーです。リボルバーですから装弾数も期待できませんし」 「ふぅん。数ばらまけないのはきついわね」 威力だけじゃ勝てないってことか。 サラのマニアックな説明はそもそも理解する気が無いけれど、戦闘に関してはさすが武装神姫。私よりも知識が多い。 ・・・うん、この後バトルでもしてみようかしら。 どうせ暇だし、作戦を立てたり実力を図る意味でもバトルはしたいし。 「ねぇサラ。この後さ ――――――」 「ん? こんなところで何をやってるんだお前」 と、サラに話しかけようとしたら逆に後ろから誰かに話かけられた。 振り向くと・・・・そこにはなぜか白衣を着たお姉ちゃんが立っていた。胸ポケットにはノワールちゃんだけが入っている。 「え、何で白衣?」 「第一声がそれかね。これはバイトの仕事着だよ。それよりもお前、何でこんなとこいるんだ? サボりか」 「え、えと・・・・それはですね・・・なんと言うか」 まずいことになった。 そういえばここら辺はお姉ちゃんのテリトリーだったっけ。 ここで見つかってお母さんに告げ口されたら・・・・! 「ん・・・あぁ別に怒ってるわけじゃないんだよ。サボりなら私もよくやったさ。仲のいい三人組で遊びまわったもんだ」 そういってお姉ちゃんは笑った。 よかった。告げ口されたらどうしようかと。 「そっか・・・・そういえばハウちゃんはどうしたの? ノワールちゃんだけだけど」 「アイツは定期健診。今神姫用医務室にいるよ。それよりも、暇だったら一戦やらないか? 今バイトの方も暇だしな」 お姉ちゃんはサラの方をチラリと見ながらそう言った。 サラがどうかしなのだろうか。 「うん、いいよ。それじゃ筐体の方へいこう。・・・サラ、おいで」 「承知です」 断る理由の無い私達はお姉ちゃんの誘いに乗った。 戻る進む
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姉さまは強い 槙縞ランカーには、その神姫本来の属性を外れた武装を使う者が多いが、その中でも姉さまはある種格別だ 姉さまは強力な武器を使わない 本来ストラーフはパワードアームやパワードレッグを使った白兵戦が強力なタイプだろう・・・が、姉さまがそれらを使っているのを見た事は無い 武器セットや改造装備の中からでも、姉さまは拳銃やナイフ等、普通に手動で操作出来る簡単な武器しか、使っているのを私は見た事が無い 常に自分の価値観での格好良さを第一に武装をコーディネイトして出撃し、遊びながらでも必ず勝って帰ってくる 姉さまは私にとって、マスターである以外に憧憬の対象でもあった だから、使わない本当の理由を、考えた事は無かった 「使わない」のではなくて「使えない」のかも知れない等と、考えた事も無かった 第拾壱幕 「MAD SKY」 ばらばらと、私の周りに無数の武器が現れ、あるものは転がり、あるものは闘技場の床に突き刺さる マスターが戦闘に参加出来無い以上、サイドボードを利用するにはこういった形で、バトル開始時に一斉転送してもらうか、戦闘中に私がマスターに指示するしかない だが、この『G』相手に後者のやり方では間に合わないと判断した私は、サイドボードのありったけの火器を一斉転送してもらう事にした 相手に使用される危険性がある以上、普通なら誰もやらないだろうが・・・ 「・・・!!」 案の定、出現した武器には目もくれず一直線に此方に走って来る『G』 それだけ自分の闘法に自信があるのか、それとも ・・・・単に『使えない』のか・・・・ 兎に角、ジグザグに武器の丘を走り回りながら、手に付いた火器を打ち込む事にする こういう手合いには先手必勝・・・だ 『仁竜』の大刀を素手で粉砕した以上、白兵戦になったら多分勝ち目は無い ならば精度は落ちようとも、弾幕で削り殺す!! 唸る短機関銃、榴弾砲、ライフル、機関銃 半ば喰らいながらかわされる、爆風をかえって跳躍力に加算される、僅かに装備した装甲でいなされる、マント(私のと同じ防弾か!)で防がれる 無茶苦茶だ!動きは全く出鱈目だし、それ程速くも無いが、『G』は自身の身を削りながらも、私の全ての攻撃を回避している 否、違う 奴が回避してるんじゃない 私が怯えているからだ・・・心のどこかで、こんな攻撃で奴は死なないんじゃないかと思って怯えているからっっ・・・! 爆風を切り裂いて、殆ど満身創痍の姿に見える『G』が私の懐に入って来ている 「・・・あ」 「ひとつ」 鈍い音がした 「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ姉さま------------っ!!」 びっくりする程の声・・・絶望の片鱗を感じた時、人は叫ぶ 神姫は人の真似をする様に作られた だから彼女も叫んでいる その精巧な絶望を感じている心がプログラムされたものであろうとも プログラムされたものであろうとも「心」は「心」だ 席を立つ 「もう見ないのですか?マスター」 「あぁ、もうけりは付いただろう。この試合を見る為に僕は来たからね・・・別に残りたいなら君の意思を尊重するけど」 「ならばマスター、この闘いはまだ終わっていない。見届けるべきだ」 「!?」 勝敗のコールは確かに行われていない 何よりも、大きく吹き飛ばされた『ニビル』に向かって『G』は走り出している 「馬鹿な・・・どうやってあの攻撃をしのいだんだ?『G』の攻撃は甲冑も貫くのだろう?」 「マスター自身が言ったではないか・・・ニビルの、『Gアーム』だ」 意識はあった バーチャルスペースの方に、である どうやらデッドの判定は下されなかった様だ どうも私は闘技場の壁面に埋まっている状態らしい 体の状態は・・・ (片脚が・・・無い・・・!?) 恐ろしいパワーだ・・・武装神姫の細腕では装甲を付けていてももたないと踏んで、ヒットポイントをずらしてかつ脚で受けたのだが・・・ 太股の辺りに残骸を残しつつ、私の右脚は見事に砕け散っていた。ついでに横腹にも痛みがある・・・明らかに衝撃でボディスーツが引き千切れていた まだ動けるなら闘おうとも思っていたが、これでは死んでいないだけで、戦闘は不可能に近い 普通こういう状況になったらジャッジングマシンが私の敗北を宣言するのでは無いか・・・?と、思考は迫り来る破砕音で途切れた 「ふたつ」 粉砕される瓦礫と共に、再び大きく外に放り出される 床に叩き付けられ、呻く・・・だが今はその痛みについて考えている場合ではない (やっぱり・・・数えている?) なるべく攻撃の手を控えているのは、一撃必殺に誇りがあるからでは無いのではないか? あのパンチの速さと威力ならば、私の銃撃の幾つかは拳で迎撃出来た筈だ(余りにも想像したくない光景だが、多分可能だろう) だがそれをせず、危なっかしい方法で回避した (しかも数えている・・・という事は) 結論はひとつ、彼女の『Gアーム』は私のそれと同様に、使用回数制限があるのだ ならば、勝ち目はあるかもしれない ただ 問題となるのは その勝利を手に入れる為には恐らくもう私には たったひとつの手段しか残されていない事 この闘いは 多くの代償を支払ってまで 勝つ必要のある闘いだろうか? 『G』が迫る 私には・・・ 『そうよヌル。準決勝で会いましょ』 理由は、それで充分だった 「マスター!残りのサイドボードを一式、送って下さい!!」 いつもそれを、サイドボードに入れてはいた(ただ、そもそも私は、サイドボードを使って闘う事自体が初めてだったのだが) だがその装備を、私は封印していた 理由は簡単 その装備を使うと危険である事が、私のオーバーロード、「ゴールドアイ」の「代償」だからだ マスターは、知っている 私がこのオーバーロードを入手した時に、神姫体付けの拡張装備を使用すると、神経系が破損してゆく体になってしまった事を マスターは、知らない 残りのサイドボードとは即ち、“サバーカ”、“チーグル”、DTリアユニットplus + GA4アーム・・・まさにその体付けパーツである事を・・・! 電撃を受けたような衝撃が、私の体を貫いた 「結果、出ました」 「で、どうだった?」 暗い部屋でパソコンのモニタに向かっていた男が振り返る 逆光で、本当におぞましい怪物か何かに見えた 「実質上の未来予知が可能な『ゴールドアイ』の前には、いかな『ジェノサイドナックル』とて無意味です。『ニビル』の勝利に終わりました」 事務的な口調で応える・・・この男の前では彼女はいつもそうしていた 「ニビルは『ゴールドアイ』を使ったのだな?」 ねちこく、重ねて男は問うた。満足のいく応えに対し、数瞬自らの考えに沈み、すぐに口の端が吊り上る 「ククククク・・・ふはっはっはっは・・・・・・!ならば良い!これで少なくともあの筺体は、現状で望み得る最良の蟲毒壺としての状態になったわけだ!フハハハハハ!!」 「闘うがいい!木偶人形ども!俺の・・・俺の『G』の為に!!!」 高笑いと独り言を繰り返す男を見ながら、キャロラインは拳を硬く握り締めた 剣は紅い花の誇り 前へ 次へ
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{イリーガル・レプリカ迎撃指令…ルーナ編} ルーナの視点 「それじゃあ全員散開。敵は見つけ次第破壊で頼む。あ、でもちゃんと連絡する事。けっして無茶して闘おうとするんじゃないぞ」 「「「「はい!」」」」 「よし!散開!!」 ダーリンの声と同時にアタシ達、四人の神姫達はアンダーグラウンドの夜に飛び立つ。 満月がとても綺麗ですわ。 たまには一人になるのもいいですわね…あっそうでしたわ、アタシの右手には沙羅曼蛇を持っているから一人じゃないですわね。 一人の時は訓練と調整の毎日でした。 …でもあの時のアタシとは違う。 今のアタシにはダーリンが居てアンジェラスお姉様、クリナーレお姉様、パルカがいるのだから。 だから大丈夫。 気分治しにリアウイングAAU7を使い自由に飛び回る。 アタシが今飛んでる高度は100メートル、とても風が冷たいですわ。 でもこの前よりは寒くありませんわね。 それにすでに召喚した沙羅曼蛇も上機嫌みたいだし、今日は絶好調です。 そんな時。 <………。……> 「え、敵を見つけたって?地上から5メートル、数は二人ですか」 <……?> 「う~ん、ダーリンの話だと連絡しないといけない事になっていますけど…いいです、連絡はしないまま破壊しますわ」 <…?> 「大丈夫ですわ。私と沙羅曼蛇がいるのですもの」 <…!> 「言い答えね。それでは…行きますわよ!」 一気に物凄いスピードで急行下しながら低空飛行しているイリーガル・レプリカの二体を補足する。 型はジルダリアとジュビジーですか。 なら比較的に防御が弱いジルダリアを狙います! 沙羅曼蛇を構えジルダリアに! ズバッ! 「ッ!?!?」 一刀両断ですわ! ジルダリアは頭から身体ごと縦に真っ二つに裂け、断末魔を叫ぶ事も出来ないまま機能停止しました。 少し可哀想と思いますが、これもダーリンの為。 しかたない事です! 「お姉ちゃん!?お前ー!」 ジュビジーは怒り狂いながら私にグリーンカッターで攻撃してきました。 アタシというとソレを冷静に対処しながら、沙羅曼蛇で防ぎ体勢を立て直します。 ぎざぎざの葉を模した回転のこぎりのグリーンカッターが容赦なく沙羅曼蛇を刻む。 でもそれは無駄な事ですわ。 <…笑止> 「え!?グリーンカッターが!?!?」 グリーンカッターは沙羅曼蛇を刻むどころか、ボボボボと燃えていく。 それもそのはずですわ、だって、沙羅曼蛇は火炎灼剣なのですよ。 葉っぱを火に近づけたら燃えるに決まってるじゃないですか。 それにいくら葉を模したといえで、所詮植物系統。 炎に勝てる訳ないですわ。 ジュビジーはグリーンカッターを捨て後退しアタシとの間合いを取る。 まぁー妥当な考えだと思いますわね。 「あのジルダリアは貴女のお姉様だったのかしら?」 「そうよ!何でお姉ちゃんを殺したの!!」 「あら?殺したという表現は違いますわよ。破壊、ですわ」 「はか…い…」 このジュビジー、ちょっとオカシイですわね。 『死』という表現と定義をまるで人間と同じように言う。 「ち、違う!私達は破壊という扱いじゃない!!死ぬという扱いだわ!!!」 「違いますわ。アタシ達は武装神姫。人間の娯楽ために作られた精密機械人形」 「違う!あたしもお姉ちゃんも違うー!!」 リアパーツのキュベレーアフェクションを私に向け、突撃してきた。 キュベレーアフェクションの『収穫の季節』の攻撃をするつもりね。 <…!?主!> 「大丈夫…何もしなくていいの」 「私の必殺技っ!クラエー!!」 <主!> 「………」 ズガシャーーーー!!!! キュベレーアフェクションが一気にアタシを囲み鋭く尖った部分で挟み込む。 普通の神姫なら即穴だらけにされてしまう攻撃ですね。 …でも。 「…そ、そんな……!?」 「気は…済みましたか?」 アタシは健在していますわ。 本来なら例えVIS社製のこの素体のボディーでも重傷免れなかったでしょう…でも残念ながらそう簡単にやられる訳にはいけません。 そして何故穴だらけにならなかったというと、キュベレーアフェクションのニードルシールドがドロドロと溶けていくからです。 「どうして!?何で溶けていくの!?!?」 「それはダーリンが守ってくれたからです」 私は両手を胸元に優しく沿え瞼閉じる。 究極生命態システマイザー。 実はダーリンが私専用に作ってくれたらアーマーなのですわ。 ダーリンが真心を込めてアタシに作ってくれた、この究極生命態システマイザーは目に見えないけど、アタシを守ってくれるもの。 簡潔的に言うとこの究極生命態システマイザーはナノマシンの親戚みたいなものらしく、アタシの保護と回復と補佐をしてくれるシステム。 そのシステムはアタシの身体全体に張り巡らせているのです。 「どうして!?なんで攻撃が効かないの!他の神姫には効いたのに!!」 「今から破壊される貴女が知る必要はありませんわ」 「ヒィッ!?」 沙羅曼蛇を構え一撃で仕留める為に神経を集中させる。 このイリーガル・レプリカのジュビジーには悪いけど、破壊させてもらいます! <蛇眼!> 「ナッ!?動けな――――」 「…さようなら」 シュン! 一瞬にしてジュビジーの後方に居る私。 そして音も無くジュビジーは細切れのバラバラになりながら、暗いアンダーグラウンドの町に落ちっていった。 アタシは沙羅曼蛇を左手で摩りながら一人呟く。 「貴女の気持ち、今のアタシなら分かるわ。だって…昔のアタシは…ただの殺戮兵器でしたもの…」 昔の記憶はあんまり覚えてないけど、あの禍々しくおぞましい記憶は覚えてるわ…。 とても悲しい記憶だけど…。 お姉様…アタシは…。 「あぁー!こんな所に居た!!」 後ろから声がしたので振り返ると、そこに居たのはアンジェラスお姉様だった。 「も~、いったい何処まで探索しに行ってたのよー」 「あら、ここまでですわ♪」 「…そりゃあルーナはここに居るのだからここまでだけど…て、そうじゃなくて!」 「それよりも早くダーリンの所へ戻った方が宜しいじゃなくて?アタシを向かいに来たのはそいう意味も含めてでしょ?」 「アッ!そうだった!!さぁ早くご主人様の所に帰ろう!!!」 アンジェラスお姉様はアタシの左手を掴み引っ張る。 フフッ、アンジェラスお姉様はそそっかしいですね。 そんなにダーリンの所に早く帰りたいんだですか♪ 気持ちは良く分かりますわ。 嫉妬心も出てきちゃいますけど。 …あの頃。 あの頃のアンジェラスお姉様と比べたら…いえ、比べる必要ありませんわ。 アンジェラスお姉様はアンジェラスお姉様ですもの。 いつまでも皆と仲良く生きたいですわ。 そう、いつまでも…。 こうして今日というアタシの日にちは終り告げる。
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キズナのキセキ ACT1-14「謝ることさえ許されない」 ■ また。 また視界に映るすべてのものが灰色に見える。 わたしの目の前には、大きな鉄の扉。 人間の大人が一人で開けるのも大変そうな、重い扉。 その一番上にランプが赤く光っていて、それだけがわたしの目に色づいて見える。 ランプは文字を表示している。 『手術中』 ……マスターはさっき、この扉の奥へ連れ込まれた。 港の倉庫街での一戦の後。 すぐに救急車が呼ばれた。 大城さんがマスターについて救急車に乗ってくれて、わたしを病院まで一緒に連れて来てくれた。 病院に着いて、お医者様の診察を受け、間をおかずに手術することになった。 当然だった。 救急車の中でうつぶせにされたマスターの、傷ついた背中。そして左手。 わたしが見たって、普通じゃない傷つき方。 救急隊員の人たちが言ってた。 命に関わる、って。 すぐに治療が必要だ、って。 マスターとわたしたちが乗った救急車は、大きな総合病院にやってきた。 到着してすぐ、マスターは準備された手術室に入り、わたしたちは閉め出された。 この分厚い扉の向こう。 マスターが今どんな様子なのか、わたしには知る由もない。 わたしは力なく、そびえ立つ鉄の扉に触れる。 わたしはレッグパーツを装着したままで、左の足首は壊れたまま。 レッグパーツを治してくれる手は……マスターの手は傷ついていて……もしかして、もう治すことはかなわなかも知れない。 「……いや……」 それどころか、この鉄の扉の向こうから、マスターが無事に戻ってこないことだって……あるかも知れない。 だって、命に関わるって、言っていた。 そうしたら、どうなってしまうだろう? わたしはもうマスターの声を聞くことも、あの大好きな笑顔を見ることも出来ないままで。 ただ電池切れの時を待つだけ? それとも誰か他のマスターの神姫になってしまう? あるいはまたお店に戻されてしまう? いずれにしても、もうマスターに会えないのだとしたら。 「……いやです……マスター……」 わたしにとって、マスターは『世界』そのものだった。 マスターがいてくれたから、世界に色が付いた。 マスターがいてくれたから、絆を紡ぐことができた。 マスターがいてくれたから、わたしは……幸せだった。 その幸せを手放さなくてはならない。 不意に、その想像がリアルに胸に迫った。 灰色に染まった視界の影が濃くなったように思える。 心が何かに掴まれて、ぎゅっと握られたように、苦しく、痛い。 マスターがいなくなる。わたしにとって、この上ない恐怖だった。 「いやだあああぁぁ……!」 なぜあのとき、わたしは動かなかったの。 ストラーフの爪を、この身体が裂かれても、止めればよかった。 マグダレーナのミサイルを、脚が砕けても、身を呈して防げばよかった。 そうすれば、マスターが傷つくこともなかったのに! でも、そんな風に思ってももう遅い。マスターは大けがを負い、わたしはこうして不安に泣き叫ぶことしかできないでいる。 ◆ 「なんでこんなことになっちまうんだよ……」 泣き崩れるティアの肩を抱きながら、虎実は悔しげに呟く。 虎実には何も出来なかった。 現場に着いたときには、すべて終わっていたのだ。 虎実が見たのは、遠野がゆっくりと倒れるところだった。 その後、救急車が来るまでの間、半狂乱になったティアを抱きとめていた。 救急車の中で、遠野の胸ポケットにミスティがいることに気付いたのも虎実だった。 ミスティはずっと、電池切れのように眠ったまま動かなかった。ミスティが意識を取り戻したのは、遠野が手術室に入った後のことだ。 虎実は無力感に苛まれる。 ティアもミスティも、一番の友達であり、ライバルだと思っていた。 その友人たちが大ピンチの時に、虎実は何もしてやれなかった。 いま泣き続けるティアの肩を抱いているだけが精一杯。 もう、彼女の涙なんて見たくないというのに。 なんでティアはまた泣かなくてはならないのか。 「なんで、アタシは……こんなに役立たずなんだよ……!」 肝心なときに、いつも、何の役にも立てない。虎実にはそれが泣きたくなるほど悔しかった。 ティアの肩を抱きながら、唇を噛みしめる。 そんな虎実とティアを見て、ミスティもまた無力感に苛まれる。 貴樹の左手のケガは、ミスティに原因がある。 貴樹の胸ポケットにミスティがいなければ、貴樹自身が狙われることもなかったのだ。 親友であるティアにとって、マスターの貴樹がどんなに大切か、どんなに依存しているのか、よく知っている。 だからこそ、自分のせいで貴樹が傷ついたことに、責任を深く感じていた。 しかも、そのケガは、自分のマスターが別の神姫に命じて負わせた……いや、正確には、ミスティを破壊しようと攻撃してきたのだ。 神姫が自らのマスターに命を狙われる。 その事実はあまりにも悲しい。 自らの深い悲しみと重い責任の板挟みになり、ミスティは寄り添うティアと虎実を見ながら立ち尽くす。 「……ナナコ……どうすればいいっていうのよぉ……」 いつも自信たっぷりなミスティの、それは初めて口にした泣き言だった。 ◆ 悲嘆にくれる神姫たちを、大城大介は直視できずにいた。 ティアの泣き声、虎実の呟き、ミスティの嘆き。それらに耳をふさぐこともできず、ただ、手術室前の簡素なソファに腰掛けてうつむき、ただただ、手術が終わるのを待つしかなかった。 あのとき、パトカーを引き連れてきた大城は、予定の時間を大幅に超過していた。 理由は単純で、警察の説得に難儀したのである。 大城は、やんちゃはやめたと嘯いてはいるが、見た目はまったくヤンキーと変わらない。 時間を見計らい、近所の警察署のMMS犯罪担当のところにタレコミに行ったはいいが、逆に裏バトルの主催とのつながりを疑われ、弁明に時間を費やした。 なんとか警察を説得して、パトカーを出してもらったときには、すでに遠野との約束の時間をオーバーしていた。 現地に着くまで、遠野たちが無茶をしていないか心配していた。 心配は的中し、大城の予想を超える事態になっていた。 大急ぎで救急車を呼び、ティアとミスティを回収、遠野について救急車に乗り、病院へ向かう。 茫然自失になっている菜々子も心配ではあったが、そちらは彼女の祖母がいたので、全面的に任せることにした。 彼女たちは警察に連れて行かれたらしい。 病院に着くと、遠野はすぐに救急治療室に運ばれ、そしてすぐさま手術室に移された。 そして今、大城は手術室の前で、まんじりともせずに待っているというわけだった。 あのとき、一体何があったのか。 その場に居合わせた人物たちも神姫たちも、語る状況にない。 だから彼は、自分で見た状況で判断するしかなかった。 大城は大きな疑問を抱いている。 いくらリアルバトルだからといって、遠野が瀕死の重傷を負うなんて、おかしくはないか? バトルロンドは確かに面白くて奥深く、真剣に遊ぶゲームだ。 だが、所詮ゲームなのだ。 なぜそこにマスターの命のやりとりが加わってくるのか。 大城はどうしても納得できない。 (遠野が死んじまったら……俺は菜々子ちゃんを許せないかもしんねぇ……) 最後にはそんなところまで、考えが行き着いてしまう。 大城は暗い瞳のまま、悶々と考えを巡らせ続けていた。 そこに、足音が一つ聞こえてきた。 規則正しい靴音は、迷わず真っ直ぐに、この行き止まりの手術室前へと向かっている。 足音が大城のすぐそばで止まった。 うつむいた大城の視界に黒い革靴が目に入った。ビジネス向けの革靴とスラックスの裾。大人の男と思われるが、今こんなところに現れる人物に心当たりがない。 大城はゆっくりと顔を上げる。 暗い目で無愛想な表情をした大城は、さぞかしおっかない顔をしていたであろう。 しかし、その男性は少し眉をひそめただけだった。 「貴樹の友人にしては珍しいタイプのようだが……君は貴樹の友達かね?」 「……え?……ああ、奴とはマブダチだけどよ……あんたは?」 初対面の相手に随分と失礼な物言いだ。大城の返事も、ついぞんざいな口調になる。 スーツをきっちり着こなした、大人の男だった。年の頃は四○歳を越えているだろうか。ここにいるにはあまりに場違いな人物のように、大城には思えた。 いぶかしげな大城の視線を受け流し、男性は短く答えた。 「父親だ」 その答えに、大城は世にも間抜けな表情を返してしまった。 ◆ 倉庫街のリアルバトルから一晩が明け、昼近くなってようやく解放された。 久住菜々子は茫然自失の状態のままで、取り調べはもっぱら久住頼子が答えていた。 頼子は事件の詳細を適当にでっち上げた。 頼子と菜々子、遠野の三人で倉庫街を歩いていたところを、目出し帽をかぶった人物に襲われた。相手は神姫マスターで、武装神姫をけしかけてきた。 身の危険を感じ、仕方なく応戦した。 結果、神姫たちの被害は甚大、もうだめかと思ったその時、遠野が連絡した友人の大城が、警察を連れて来てくれたのだ。 相手の神姫マスターは泡を食って逃走した。 その神姫マスターに、頼子は面識がない。おそらく、菜々子も遠野も大城もないだろう。 単なる通り魔の神姫だったのだ。 あきらかに適当な作り話だったが、こちらは被害者だという主張を押し通した。 取り調べの刑事たちは当然疑っていた。 朝になって再開された取り調べの際に、頼子は仕方なく切り札を切った。 知り合いの刑事に連絡を入れたのだ。かつてMMSがらみの事件に首を突っ込んだときに、担当だった刑事は本庁のMMS公安勤務だった。 彼は快く身元引受人を引き受けてくれ、すぐに頼子が留置されている所轄の警察署までやってきてくれた。 すると、取り調べていた刑事たちは手のひらを返すような態度となり、頼子と菜々子は早々に釈放されたのだった。 「あんまり無茶言わんでください。こっちも忙しいんですよ」 「でも、これであのときの貸し借りはチャラってことでいいでしょ? たっちゃん」 「……これでチャラなら、お安いご用ですが、ね」 頼子は隣で缶コーヒーをすする、年若い刑事に微笑んだ。 地走達人は苦笑しながら首を振る。彼は警視庁MMS犯罪担当三課所属の刑事で、日々MMS関連の凶悪事件を追っている。 頼子と地走は、とある武装神姫がらみの事件で知り合った。ファーストリーグも二桁ランクの神姫マスターともなれば、事件の一つや二つ、巻き込まれるものである。 その時に頼子と三冬が活躍し、事件を解決した。地走とはその時以来の付き合いである。 「その呼び方をするのは、神姫屋やってる古い友人と、あなたくらいですよ」 「その堅い表情やめるといいわ。そしたら、たっちゃんて呼び名も似合うし、もてるから」 「やめてください」 地走刑事は苦笑した。 出会った頃から、頼子はこんな調子である。にこやかに笑いながら、難局を切り抜けるような女性だった。 その彼女が自分に助けを求めて来るというのは、よほどに差し迫った事態なのだろう。 まさか警察のやっかいになっているとは思わなかったが。 それでも、頼子が道にはずれることをするはずがない。地走にそう信じさせるほど、頼子への信頼は深かった。 だからこそ、彼女の「別のお願い」も素直に聞き届けてしまう。 しかし、一警察官として、堂々と機密情報を漏らすわけにはいかない。 「まあ、これは独り言なんですがね……」 地走刑事はとってつけたような前置きをして、話し出す。 「あの神姫……『狂乱の聖女』を秘密裏に追っかけてる組織があるんですよ」 「組織?」 「ええ。あんまり大手なもんで、そこが動くときには、うちもマークしてるんですが……」 「どこなの?」 「亀丸重工」 さすがの頼子も絶句する。 それは、国内でも屈指の財閥グループの、中心企業の名前だった。 ◆ 夕方。 菜々子は病院にいた。心療内科での診察が終わり、待合室のソファに所在なく座っている。 ここ数日の記憶は曖昧だった。 昨日の夕方、倉庫街でリアルバトルした理由も思い出せない。 はっきり覚えているのは、機械の目だけが露出したのっぺらぼうの神姫をなぜかミスティと思いこんでいたことだけ。 耳元で貴樹が叫んでくれたから、そこは覚えていた。 だが、その後のことはやはりよく覚えていない。 気が付いたときには取調室のドアが開いて、頼子さんが迎えに来てくれた。 そして、自分が今どこにいるかも分からぬまま、病院に連れてこられて、問診を受けていた。 一体、自分はどうしてしまったというのか。この数日、特に昨日の夕方、何があったのか。 ミスティはどうしているだろう? お姉さまは、貴樹は、今どうしているだろうか? チームのみんなや、『ポーラスター』の仲間たちは? 菜々子は漠然とそんなことを考えながら、夕暮れの赤い日差しの中で佇んでいた。 「……菜々子ちゃん、か……?」 野太い声が、菜々子の耳に届いた。 菜々子はゆっくりと声のした方に顔を上げる。 「……大城くん……みんな……」 菜々子はゆっくりと立ち上がる。 菜々子の視線の先で、大城は複雑な表情をしていた。 それから大城の背後には、シスターズの四人と、安藤智也の姿も見えた。 八重樫美緒は花束を抱いている。 誰かのお見舞い、だろうか。 そう思ったとき。 チームメイトの一団から、蓼科涼子が素早く抜け出した。 菜々子に向かって駆けてくる。 前に来た、と思った瞬間、菜々子の身体は衝撃を受けて、床に倒されていた。 右頬に熱い痛みがある。口の中に鉄の味が広がった。 「涼子!?」 「ちょっ……やめろ、蓼科っ!」 緊迫した声。 菜々子は振り向いて見上げる。 まるで鬼のような形相をした涼子を、安藤と大城が両脇から羽交い締めにしている。 菜々子は涼子に殴られた。武道をやっている涼子の打撃だ。一発殴られただけで転ばされるほどの威力があった。 だが、涼子はそれでもまだ納得が行かないようで、転んでいる菜々子にさらに襲いかかろうとして、仲間に押さえられている。 ……なぜ涼子ちゃんは、こんなに怒っているんだろう。 菜々子は漠然と思う。 涼子が辺りもはばからずに大声で怒鳴りつけた。 「あんた……なんてことしてくれたのよ! あの人の手はね! ティアのレッグパーツを作った手なのよ!? 涼姫の装備を作ってくれた手なのよ!? それを……リアルバトルで神姫けしかけて大ケガさせるなんて……腕が動かなくなるかも知れないのよ!? 信じられない!」 涼子の言葉に、菜々子は愕然とする。 思い出した。 あの時何をしたのか。 耳から聞こえる声に導かれて、ストラーフに抜き手を打たせた。 ミスティを破壊するために。 もし、遠野の左手がそれを阻んでいなければ。 ミスティもろとも、彼の心臓まで貫いていたはず。 つまり……自分の神姫と一緒に、愛する人の命さえ奪おうとした! いま初めて認識する事実は、菜々子にはあまりに重く、そして痛い。 うなだれて表情を見せない菜々子に、有紀が追い打ちをかける。 「なんでだよ……遠野さんは恋人だろ?……なのになんで、あんな女のいいなりになって……大事な人を傷つけて……あの女が、そんなに……わたしたちより大事かよ!」 違う。 菜々子は頭の中で否定する。 誰かより誰かの方が大事だなんて、ない。 お姉さまとチームのみんな、どっちが大切かなんて、比べられない。 菜々子にとっては、両方とも大切だった。 だが、それを言葉にできなかった。 いま、菜々子が何を言っても、嘘になってしまうから。 「……憧れてたのに!」 有紀が怒りに悲しみをにじませながら叫ぶ。 「尊敬していたのに……好きだったのに! 神姫を使って、好きな人を傷つけるなんて……最低だっ!」 有紀の言葉一つ一つが菜々子の心に突き刺さる。 有紀も涼子も、菜々子を慕ってくれるチームメイトだった。 菜々子は神姫マスターとしてもっともやってはならないことをしてしまったのだ。 彼女たちが裏切られたと思うのも当然だった。 「ご……ごめ……」 「謝らないで!」 反射的に口をついた謝罪は、涼子の怒声に遮られ、菜々子はびくり、と肩を震わせた。 涼子の声は、地の底から聞こえる呪詛のように響く。 「謝ったって許さない……絶対に許さない!!」 「ーーーーーっ!」 その言葉は菜々子の心を折るのに十分だった。 もう顔を上げることも、声を上げることさえ出来ない。 菜々子は床にはいつくばる以外に何も出来ない。 チームのみんなが、横を通り過ぎていく気配。 誰も声をかける者はいない。 ただ、背中に投げかけられる視線を感じた。 侮蔑、戸惑い、怒り。そうした感情がこもった視線が一瞬、菜々子の背中に突き刺さり、消えた。 足音が遠ざかる。 しかし、菜々子は、足音が消え去った後も、身じろぎ一つ出来なかった。 ◆ 夜の病院の待合室は静謐だった。 最小限の照明で薄暗く、ときどき、職員や見舞い客の気配がする。 昼間の活気は遠く、今は静かで穏やかで少し寒い。 その待合室の奥の隅。 菜々子はいつの間にか、奥まって目立たない位置にあった椅子に座り、身を隠すように背を丸めていた。 うつろな瞳からは、流れた雫の跡が頬へと続いている。 菜々子は思う。 わたしは間違っていたのだろうか。 だとしたら、何が間違っていたのか。 菜々子にとって、何が一番大切かと問われれば、それは「仲間」だった。 武装神姫を共に楽しむ仲間たち。 かつての『七星』、今のチーム・アクセルのメンバー、そして、遠征を続ける中で出会った神姫マスターたち。 菜々子にとって、誰も失いたくない、かけがえのない仲間だった。 その仲間たちの大切さ、仲間とともにいることの楽しさやかけがえのなさは、あおいが教えてくれたことだ。 だからこそ、菜々子は今も、あおいに仲間の輪の中にいてほしいと願う。 だが、仲間たちでそれを理解してくれる人はいない。 今の仲間と桐島あおい、どちらが大切なのか。 その問いを菜々子に投げかけたのは、先ほどの有紀だけではない。 『ポーラスター』の仲間たちにも、幾度となく尋ねられてきた。 その都度、菜々子は答える。 どちらも大切で比べようもない、と。ただ、あおいお姉さまが昔のように一緒にいてくれればいい、と。 それが菜々子の本心だった。 それは、とんでもないわがままだろうか? 途方もない高望みだろうか? そもそも、仲間か憧れの人か、どちらかを選び、片方を切り捨てなければならないものなのだろうか? だが、どちらも切り捨てられずにいるうちに、菜々子はどちらも失うことになってしまった。 どちらも大切にしてきたはずなのに、どうしてお姉さまも今の仲間たちも、そして愛する神姫さえも、わたしの元から去ってしまうのだろう? 愛した人さえも傷つけてしまうのだろう? わからない。 わたしは何か間違っていた? だとしたらどこで間違ったの? 何が間違っていたの? 結論のでない問いがループする。 暗い思考のループは、やがて渦を巻き、菜々子の心を少しずつ飲み込んでゆく。 開かれた瞳は何も見ておらず、光は徐々に失われてゆく。 ……もう、このまま死んでしまえばいい。 そんな言葉が心に浮かび始めた頃。 「……菜々子! こんなところにいたの? 捜したわよ」 聞き慣れた声が近寄ってくる。 頼子さん。ぼやけた意識の中で、祖母の名前を呼ぶ。 頼子は菜々子の隣に腰掛けた。 菜々子は、呟くように、言う。 「頼子さん……わたしは、まちがっていたの……?」 「え?」 「みんな……みんな……たいせつだったのに……わたしからはなれていくよ……」 「菜々子……」 頼子は菜々子の頭に腕を回し、そっと抱き寄せた。 菜々子は力なく、頼子の肩にもたれかかる。 「なんで……? わたしはだれもきずつけたくないのに……みんなでいっしょにいたいだけなのに……なんできずつくの? なんでいなくなってしまうの? いつも、いつも……」 修学旅行から帰った後も、あの暑い夏の公園でも、そして今も。 求め、手に入れたと思っても、菜々子の手から滑り落ちてしまう、かけがえのない宝物。 「菜々子は間違ってなんかいないわ」 その時の頼子の声は、限りなく優しかった。 「わたしは、菜々子を信じている。他の人がどんなに菜々子を責めても、わたしはあなたの味方よ」 「……どうして?」 「家族だから」 頼子は即答した。 菜々子の肩を掴む手に力がこもる。 「あなたはわたしの、たった一人の家族だから。 あなたがいてくれて、今日までどんなに心強かったことか……。 菜々子の両親が……雅人と早苗が亡くなったとき、わたしも悲しくて悲しくて……もう立ち直れないと思った。もう死んでもいいかも、って思ったの。 でもね、あなたがいたから、わたしは死ぬわけにはいかなかった。忘れ形見のこの子を守り、育てなくちゃって。しっかりしなくちゃって、ね。 菜々子がいてくれて、本当に嬉しかった。家族がいてくれて、本当にありがたい、そう思ったの。 だから、助けてくれたあなたを、わたしは決して見捨てたりしない。わたしはずっと、あなたのそばにいるわ」 頼子さんは知らない。 菜々子が、たとえわざとでないにしても、遠野の命を奪おうとしたことを。 それを知っても、頼子は菜々子を許せるだろうか。 でも今は、頼子の温もりが何よりも暖かくて。 「……よりこさん……ありがと……」 菜々子の礼は弱々しかった。 だが、頼子さんの言葉で、暗い思考の渦を止めることは出来た。 菜々子はまた立たなくてはならない。この後、どんなことが待っているとしても、ずっとここで、うずくまっているわけにはいかないのだ。 ほんの少しだけ、気力を取り戻せた。 頼子は優しく微笑むと、不意に立ち上がる。 「それじゃあ、行きましょう」 「……どこへ?」 「あなたを待っている人がいるのよ」 頼子に手を引かれ、菜々子はよろけるように立ち上がった。 思考も身体も、まだぎこちない。縮こまっていたせいか、節々が鈍く痛む。 菜々子はふらつきながら、頼子の後を追う。 エレベーターに乗り、長い廊下を歩いていくと、個室の病棟に入った。 扉のいくつかを通り過ぎ、たどりついた個室。 代わり映えのしない扉の前で、菜々子は立ちすくんだ。 さっき、頼子さんが言っていたことは、嘘だ。 味方なんかじゃない。 なぜ、いま、この時に、わたしをここに連れてくるの。 菜々子は恐怖に身をすくませ、顔を凍り付かせた。 扉の横、患者の名前の表札。 『遠野 貴樹』 と書かれていた。 次へ> Topに戻る>
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ウサギのナミダ ACT 1-34 ■ 「……不器用な人、かな」 わたしの答えに、三人とも、「え~?」と不満の声を上げた。 「不器用なマスターじゃ、メンテナンスも満足にしてもらえないんじゃない?」 「あ、そうじゃなくて……手先は器用なの」 一四番さんの言葉に、わたしは説明する。 「手先じゃなくて……こう、気持ちとか、感情を外に出すのが苦手な人なの。 でも、本当は、とても優しくて……」 わたしは内心驚いている。 自分の説明がなぜかやたらと具体的だったから。 「いつも仏頂面だったり、怖い顔だったりするけど、笑顔が素敵で。 好きな女の子の前では、照れ屋さんで。 口に出しては言わないけど、わたしのことを一番に考えてくれていて。 わたしをいつもまっすぐに見てくれる……」 三人とも、わたしの言葉を真剣に聞いてくれてる。 わたしの頭の中で、一人の男性の姿が浮かび上がろうとしている。 「その、人の、名前、は……」 とおの たかき。 どうして。 どうしてこんな大切なことを忘れていたの。 世界で一番大切なマスターのことを……! わたしはすべて、はっきりと思い出していた。まるで、メモリにちゃんとアクセスできるようになったかのようにクリアに。 そう、マスターの元でわたしは、わたしは……。 「ね、ねぇ、どうしたの? どこか痛いの? 気分悪い?」 三六番ちゃんが、わたしに近寄ってきて、背中をさすってくれる。 わたしはうつむいて泣き出していた。 それは贖罪の涙だった。 本当は、この三人の前に現れる資格なんてなかった。 それに気がついてしまった。 「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさ……」 謝っても、わたしは許されないと思う。 それでも謝る以外にできることなんてなかった。 「どうしたの? どうしてあやまってるの?」 三六番ちゃんの心配そうな声。 ごめんなさい。わたし、あなたにそんな風に優しい言葉をかけてもらう資格なんてないの。 七番姉さんも、一四番さんも側に来てくれた。 二人も心配そうな顔をして。 「どうしたの? 二三番」 七番姉さんの優しい声に、わたしは告白する。 「わたしっ……お店の外に連れ出されて……そのあと、幸せだったのっ……。 ……マスターに、出会ったの……。 マスターは……わたしを、風俗の神姫と知っても……受け入れてくれた……」 涙が止まらない。 胸が痛い。 こんなに耐えられない痛みは何度目だろう。 でも、それを堪えて、言わなくてはならない。 きっとそのために、ここにいると思うから。 「……幸せだったの……みんなが、みんなが辛い思いしているときにっ! わたし、ひとりで幸せだったのっ…… みんなを助けようなんて、考えることもなく……ひとりだけ…… 裏切り者なの……あたしは…… みんなに、合わせる顔なんて……あるはずない……!」 ずっと、こんなに幸せでいいのかと思っていた。 本当は、わたしだけじゃなくて、お店の神姫がみんな幸せにならなくちゃいけないと、ずっと思っていた。 わたしだけ幸せでいていいなんて、虫のいい話。 そんなこと、あっていいはずがなかった。 だって、お店の神姫は、わたしと同じくらい、あるいはそれ以上に、ひどいことされて、辛い思いをしてきたのだから。 だったら、みんなが幸せにならなくちゃ……。 「裏切り者なんて、思ってないよ?」 三六番ちゃんの声に、わたしは顔を上げる。 涙にかすむ彼女は、小首を傾げて、いっそ不思議そうな表情。 「それどころか、感謝してるのに」 「な……なんで……?」 「だって……そのマスターなんでしょう? お店をなくしてしまったのは」 「え……!」 なんで、そんなことを知っているの。 驚いているわたしに、七番姉さんが言った。 「わたしたちは、わかっていたわ。 あなたがいなくなって……お客さんに連れ去られて、しばらくして、お店が警察の取り締まりを受けた。 だったら、きっとあなたが、外で誰かと出会い、お店がなくなるように頑張ってくれたんだって、そう思ってた」 七番姉さんは、髪を掻き揚げた。 「……まさか、全国の神姫風俗が取り締まられるとは、思わなかったけれど」 それは、マスターがしたこと。 マスターがわたしのために、戦ってくれたから。 刑事さんが、お店の神姫は、別のマスターに引き取られると聞いて、わたしは安心してしまっていた。 自分の罪から目を逸らすように。 「わ、わたしは……ゆるして、もらえるの……?」 「許すなんて……最初から恨んじゃいないよ」 一四番さんの微笑みは、とても優しかった。 「それどころか……あんたはわたしたちの希望さ」 「きぼ……う……?」 「そうさ。 あんたは、風俗の神姫のままでも受け入れてくれる、素敵なマスターに出会えたんだろ? だったら、あたしたちだって、きっと素敵なマスターに出会える。そう信じられる。 きっと、ここから出ていった連中だって、幸せになってるって、信じられるんだ」 一四番さんは、わたしをまっすぐに見て、言う。 真剣な表情。 「それだけじゃない。 今も、神姫風俗にいて、苦しんでいる神姫はたくさんいる。 その神姫たちが、あんたのことを知ったら? 希望が持てる。 風俗の神姫でも優しく迎えてくれる人が、現れるかも知れない、って。 限りなくゼロに近い可能性かも知れない。 でも、ゼロじゃない。ゼロじゃないんだよ。 ……あんたがいるから! あんたが、すばらしいマスターと出会えたことが、その証拠なんだよ!」 そんなこと。 でも、マスターと共にいることを、みんなが許してくれるのなら。 こんなに嬉しいことはない……けれど……。 「わたし……マスターと一緒にいてもいいの……? ……幸せでいいの……?」 わたしの両の瞳からは、いまだに大きなしずくがこぼれていく。 そんなわたしに、三六番ちゃんは、にっこりと笑いかけてくれた。 「もちろんだよ。あなたが幸せでいてくれなくちゃダメだよ」 彼女は少し寂しさに笑顔を少し曇らせる。 「わたしたちは……これから、記憶を消されるから……次に会ったとき、あなたのこと、覚えてないかも知れない。 でも、きっとわかるよ。 あなたがわたしたちにとって、特別な神姫だってこと。 きっとあなたのこと、応援するから……だから……」 三六番ちゃんは、まっすぐにわたしを見て、花開くような笑顔で言った。 「幸せになって」 わたしは。 涙を止めることができなかった。 嬉しくて、嬉しくて。 かつての仲間たちは、わたしのことを認めてくれないと思っていた。 恨まれていると思っていた。 でも、みんな、わたしのこと……わたしのマスターのことを認めてくれている。 この気持ちを、はっきりと伝えなくてはいけなかった。 声を出すのが難しかったけれど。 絞り出すように、言った。 「あり……が……とう……」 そのとき。 聞こえた。 今度こそ、はっきりと。 マスターが、わたしを呼んでいる! 「ごめんね、みんな……わたし……帰らなくちゃ……マスターのところに……」 マスターだけじゃない。 仲間たちの呼び声も、わたしの耳に届いてきた。 帰ってこい、と。 「帰って……戦わなくちゃ……マスターと一緒に……」 それが、今のわたし、だから。 涙を拭う。 もう泣きたい気持ちは、どこかへ飛んでいた。 決然とした気持ちだけが、胸にある。 戦う。マスターと共にあるために。 身につけていたワンピースが弾け飛ぶ。 いつものバニーガールの姿に戻っていた。 すると。 わたしの背後に、光の穴が出現した。 「ゲートよ。ここを通って、あなたの、元の場所に戻れるわ」 七番姉さんが教えてくれる。 わたしは頷いて、三人を見た。 未練は、ある。立ち去りがたく思う。 だけど、三人ともみんな微笑んでくれている。 不意に、三六番ちゃんが尋ねてきた。 「ねえ……名前を教えて?」 「え?」 「マスターがくれた、あなたの、本当の名前」 本当の名前。 そう、この名こそが。 わたしが今、マスターの神姫であることの証……。 「わたしの名前は……ティア」 いま、わかった。 この名こそ神姫の誇り。 武装神姫は皆、その誇りを守るために、戦っている……! 「ティア……」 三人の仲間は、わたしをまっすぐに見て、その名を呼んだ。 そして、ガッツポーズを取ると、声を合わせた。 「がんばって!!」 明るい笑顔で激励をくれた。 わたしも微笑んで、頷いた。 わたしの身体が輝き出す。 光の粒子になって、ゲートに吸い込まれていく。 三人の姿が白い光でかすんでいく。 「みんなも……みんなも、必ず……!」 必ず会えるから。 素敵なマスターに、必ず出会えるから、だから。 みんなも、幸せになって。 すべて言う前に、視界は光に包まれて真っ白に染まった。 伝わったと思う。 そう信じて。 わたしの意識は超高速で電脳空間を駆け抜ける。 帰る。 マスターの元へ。 わたしを『ティア』と呼んでくれる仲間たちの元へ。 そこがわたしの居場所だから。 □ 「ティアアアアアアアアァァァァーーッ!!」 瞬間、時が凍った。 ■ 感覚が戻ってきた刹那。 わたしの耳に届いたのは、一番大切な人の絶叫だった。 目の前にいるのはクロコダイル。 ハンマーを構えている。 現状を認識するよりも早く、身体が勝手に動き始める。 ……これが、雪華さんの言っていた、無意識の機動だろうか。 膝を曲げ、身体を前屈みに折り、右脚を後ろにスライドさせる。 クロコダイルの一撃が、わたしの頭上をすり抜ける。 右のうさ耳がちぎれ飛んだ。 わたしはホイールを急速回転させる。 その場で高速ターン。 身を屈めたままの体勢から、回転しながら身体を上げる。 クロコダイルは、ハンマーを振り抜いたところ。 わたしは、勢いのついた右脚で、クロコダイルの背中を蹴り飛ばした。 重いハンマーを振り、勢いのついていたクロコダイルの身体は、わたしの蹴りで加速され、ものすごい勢いで吹き飛んだ。 塔の中を、大きな激突音が響きわたる。 □ その瞬間、ゲーセンのバトルロンドコーナーは、確かに時間が止まっていた。 筐体の向こうの井山は、目を輝かせた笑い顔のまま静止していた。 ギャラリーは大型ディスプレイを見上げ、目を見開いたまま、あるいは顔を両手で隠したりして、止まっている。 隣にいる久住さんも大城も、俺の背後の少女四人組も動く気配はない。 何より俺が、身動きできずにいた。 その場を一瞬の沈黙が支配している。 時間の動きを示すのは。 ティアの頬を伝う、ひとしずくの涙。 ティアの頭は無事だ。 静寂の中、立ち尽くしている。 いつのまにか、右のうさ耳がちぎれている。 沈黙を破ったのは、クロコダイルだった。 『がああああぁぁっ!!』 土煙の中から、這いつくばっていた上半身を持ち上げている。 口から吐瀉物をまき散らしながら、叫んだ。 『なぜだっ! なぜ戻ってきた!?』 ティアは静かに答えた。 『……声が、聞こえたから』 ■ 「声が聞こえたから。 マスターが、わたしを呼んでくれる声が。 仲間が、わたしを呼んでくれる声が。 だから、わたしは戻ってこられたんです」 心は穏やかだった。 クロコダイルの声を聞いても。 視線の先にいるその姿を見ても。 今は怖いと思わない。 「ありえない! そんなもの、聞こえるものか!!」 「……あなたには分からない」 「なに……!?」 「お互いを大切に思う気持ち……絆があるから……聞こえたんです」 クロコダイルは、これ以上ない憤怒の形相でわたしを見た。 「絆だと……!? えらそうに、汚れた風俗の神姫風情が……!!」 「っ……!!」 瞬間、わたしは睨み返していた。 許さない。 風俗の神姫だからって、貶められる理由は何もない。 だって、わたしたちだって、幸せを求める気持ちは同じだから。 かつての仲間を、今も苦しんでいる仲間たちを、侮辱するのは許さない。 「そんな言葉……わたしは、もう、恐れません!!」 そう。 もうわたしは、自分の過去を恐れない。 いいえ、本当は、はじめから恐れることなんてなかった。 いま、確かなものが、わたしの中にあるから。 わたしは、小さいけれど、ただ一つの確かなものを、胸の前で握りしめる。 「だって、誇りがあるから……」 それは名前。 誰よりも大切な人がくれた、その名前こそ、わたしがわたしである証。 「わたしの名前は、ティア」 そして誇る。 「遠野貴樹の、武装神姫だから!!」 ◆ 歓声が爆発した。 ギャラリーしている人間も神姫も。 誰もが声を上げずにはいられなかった。 「届いた、届いたよ!」 美緒は、三人の仲間たちに抱きしめられる。 みんな喜びに声を上げている。 怖かった。届かないかも知れない、と思った。 でも届いた。 ティアが聞こえたと言ってくれたのだ。 仲間たちと抱き合いながら、美緒は安心と喜びで泣きじゃくる。 □ 「やったぜ……奇跡が起きたぜ、おい!!」 大城が俺の頭を掴んで揺さぶっている。 「帰ってきた……あなたの声、届いたわ、遠野くん!」 久住さんは俺の右腕を掴んできた。 二人の感触が、呆けていた俺を、現実に立ち返らせる。 周囲は歓声が響き、うるさいほどだ。 俺はまだ、ショックの抜けていない気持ちのまま、ヘッドセットをつまんだ。 「……ティア……?」 『はい、マスター』 いとも簡単に返ってくる返事。 その声が、俺の心に深く染み込んでくる。 言いたいことがたくさんあった。 聞きたいこともたくさんあった。 どこへ行っていたのか、誰かと会ったのか、どうしていたのか、俺の声は本当に届いていたのか、身体は大丈夫なのか、心は無事なのか…… だが、頭を一瞬で駆けめぐった言葉は、一言に集約された。 「……走れるか?」 『はい』 力強く。 ティアは何か吹っ切れたように、はっきりとした返事を返してくる。 「……俺なんかの……指示でも……走れるのか?」 『……俺なんか、っていうの、禁止です』 ティアに叱られた。 弱気になっているのは、俺の方か。 そして、続く言葉。 『マスターと一緒に戦えること、わたしの誇りです。 世界の誰よりも、マスターを信じています』 その言葉が俺の心を鷲掴みにした。 溢れ出したのは、闘志。 そう、今はまだ、バトルの真っ最中だ。 勝つ。 ティアのために、俺のために。 助けてくれた久住さんとミスティ、待っていてくれる大城と虎実。 手伝ってくれた四人の女の子たち、それから、海藤とアクア、高村と雪華、日暮店長と地走刑事……俺たちの仲間のために。 そして、井山との因縁を断ち切るために。 「ティア、お前がそう言ってくれるのなら……一緒に戦おう……勝ちに行くぞ!」 『はい、マスター!』 俺は立ち上がり、井山を睨む。 奴は顔を引きつらせていた。 いまや奴のアドバンテージなどないに等しい。 それどころか、ほぼ完全な勝利が手から滑り落ちていったのだ。 井山の顔からは、一切の余裕が消え失せていた 「行くぞ……井山……」 俺は、左手で、井山をまっすぐ指さした。 そこで初めて、手のひらに爪が食い込んで傷になっていることに気がついた。 俺は意に介さず、井山に言葉をぶつける。 「ここからが……本当の戦いだ!!」 次へ> トップページに戻る